西国(第6番)札所『壺坂寺』(奈良県高市郡)20150927

西国(第6番)札所『壺坂寺』(奈良県高市郡)20150927


真言宗。西国三十三所観音霊場第6番札所、神仏霊場奈良25番。
703年元興寺の弁基上人が修業をしていたところ、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した像を刻んで祀ったのが始まりといわれている。
717年に元正天皇より八角円堂が建てられ南法華寺の正式寺号を賜る。

伽藍は傾斜を利用して階段上に配置されている。

仁王門、多宝塔、灌頂堂、慈眼堂は2003年壷阪寺開創1300年を期して再建・建立されたもの。
八角円堂は日本で初めて建立された八角堂ではないかという学説も出ているが、現在の八角円堂は江戸時代の再建と言われる。

沢山の石像が建てられている。
大観音石像 1983年3月開眼、全長20m、全重量1200トン。
大涅槃石像 1999年安置、全長8m。どちらもインドハンセン病救済事業の縁でインドから招来したもの。
このように、立像・坐像・涅槃像が揃っているお寺は珍しい。

比較的新しい建物が多かった。
電動リフトの設置など身体の不自由な方にも比較的行きやすいところ。
ここは、盲老人ホーム発祥の地といわれ、1961年に「養護盲老人ホーム慈母園」が造られている。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-27 11:48 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

シルバーウィークの嵐山の様子20150921

シルバーウィークの嵐山の様子20150921


シルバーウィークだが混むのを覚悟で嵐山に出かけてみた。
行く目的は、涼しくなったし、猿のお山に登ってみようかということになった次第です。

今日の嵐山は思ったほどの人出ではなく、やはり桜や紅葉の観光シーズンを外すとこんな感じなのかなという適度な混み具合だった。
このように出かけるのは、健康管理が目的で、あるくことにせんねんしたいからです。
自宅からは、阪急大宮まで徒歩で約3km位で30分位。
大宮から、嵐電で嵐山へ行き、そこからが散歩コースを選びながら、色々なところに顔を出すわけです。

この日はボートが人気があった。沢山のボートが浮かんでる。


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嵐山のメイン通り。

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アユ採りの投網をやっていた。(観光客用?)

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少こ~し残暑が残るぽかぽか陽気の中、ボートが沢山浮かんでいる。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-21 13:30 | Comments(2)

嵐山モンキーパークからの京都市街の眺望20150921

嵐山モンキーパークからの京都市街の眺望20150921


この嵐山モンキーパークいわたやまは、1954年から京都大学の研究のために野生のニホンザルが餌付けされたのが始まりです。
いわたやまは海抜160mの低い山だが傾斜が急で結構な坂道をのぼることになり、登りついたモンキー広場から見る京都市内ん眺望は素晴らしい。
少し紅葉も出始めてきている。

さかみちを子供が一所懸命のぼっている。

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広場にはベンチも置かれ坐っていてもお猿さんにいたずらされることは全くない。
猿の監視やしつけは抜群だ。

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この日は天気がよく、入園者も多いが人がえさ場の小屋に集中していたため、まばらに見える。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-21 11:39 | Comments(2)

京都『嵐山モンキーパーク』は山の上20150921

京都『嵐山モンキーパーク』は山の上20150921


この嵐山モンキーパークいわたやまは、1954年から京都大学の研究のために野生のニホンザルが餌付けされたのが始まりで、1957年から一般に公開されました。
毎年、理学部の3~4回生向け実習が行われるほか、常に数名の大学院生が研究をしている。過去には、サルを見に来る人間を観察して論文をまとめた学生もいたそうだ。
すべてのお猿さんに名前が付いていて、飼育員さんは見分けることができるそうです。

★嵐山モンキーパークに行くには、
阪急嵐山駅より徒歩5分
京福嵐山駅より徒歩5分
JR嵯峨嵐山駅より徒歩15分
中ノ島公園バス停より徒歩3分

渡月橋の西側、渡月小橋をさらに渡って山沿いを少し北に歩くと、写真のような看板が出てきます。そこが入口です。
入園口から展望台とエサ場までは、約15分から20分ほどの道のり。
整備されているので、小さな子供さんを連れていても登れます。
少し体力は使いますが森林浴しながらのんびり歩けば気持ちが良いです。

入り口を入ると直ぐ結構タフな登り階段が続く。

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かわいい子猿の入園券。

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お猿さんが外、人間がフェンス内にて餌を外向けにあげる。。
動物園とは逆の状況。

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ここからはお猿さんの色々なポーズご覧ください。

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邦文・英文の。ガイドマップ

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-21 10:20 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

西国(第26番)札所『一乗寺』(兵庫県河西市)20140920

西国(第26番)札所『一乗寺』(兵庫県河西市)20140920


一乗寺(いちじょうじ)は、兵庫県加西市にある天台宗の寺院。西国三十三所第26番。山号は法華山、本尊は聖観音菩薩である。
寺伝では孝徳天皇の勅願で650年に創建、開基(創立者)は法道仙人とされる。 国宝に指定されている三重塔(1171年建立)は平安時代後期を代表する和様建築の塔であり、日本国内屈指の古塔である。 境内は山深く、春は桜、秋は紅葉の名所としても知られている。
資料によると、
一乗寺の開基とされる法道仙人は、天竺(インド)から紫の雲に乗って中国、百済を経て日本へ飛来、播州賀茂郡(兵庫県加西市)に八葉蓮華(8枚の花弁をもつハスの花)の形をした霊山を見出したので、そこへ降り立ち、法華経の霊山という意味で「法華山」と号したという。
法道は神通力は都でも評判となり、白雉元年(650年)、時の帝である孝徳天皇の勅命により法道に建てさせたのが一乗寺であるという。
創建当時の一乗寺は現在地のやや北に位置する笠松山にあったといわれている。
笠松山の山麓には古法華(ふるぼっけ)石仏と称される奈良時代の三尊石仏(重要文化財)があり、「古法華」とは「法華山一乗寺の旧地」の意味と思われる。

一乗寺は中世、近世には何度かの火災に遭っているが、平安時代の三重塔をはじめとする古建築がよく保存されている。本堂は姫路藩主本多忠政の寄進により、寛永5年(1628年)に建てられたものである。

山間に位置する境内は長い石段が続き、数段に分けて整地されている。
バス通りに面した境内入口には山門はなく、正面に石造笠塔婆(県指定文化財)が立つ。


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重要文化財の本堂は、大悲閣または金堂ともいう。
入母屋造、本瓦葺き。斜面にせり出した懸造とし、内部は広い外陣と、閉鎖的な内陣、脇陣、後陣からなる、密教仏堂の典型的な平面をもつ。

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三重塔は国宝である。
伏鉢(屋根上、相輪の下部にある半球状の部材)の銘から、承安元年(1171年)の建立と判明する。平安時代にさかのぼり、建立年代の明らかな塔として日本でも稀有のものである。

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鐘楼。

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中をのぞくと鐘が床に置かれているように見える。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-20 16:03 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

石庭で有名な『竜安寺』も観光客満載20150920

石庭で有名な『竜安寺』も観光客満載20150920


石庭で有名な「龍安寺」はここ数年境内を積極的に整備しており10数年前に羽見られない立派な境内となっている。
ここは石庭で有名だが、春に訪れた時の枝垂れ桜の素晴らしさが印象に残っている。

龍安寺は、室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が宝徳2年(1450年)に創建した禅寺である。(現在も臨済宗妙心寺派)
初代住職として妙心寺8世(5祖)住持の義天玄承(玄詔)を迎えた。義天玄承は師の日峰宗舜を開山に勧請し、自らは創建開山となった。
創建当初の寺地は現在よりはるかに広く、京福電鉄の線路の辺りまでが境内であったと云われている。
龍安寺は、応仁の乱(1467-1477年)によって焼失するが、勝元の子の細川政元と4世住持・特芳禅傑によって、明応8年(1499年)に再興された。
その後、織田信長、豊臣秀吉らからも寺領を付与されている。

江戸時代に造られた名所案内書である『都名所図会』(安永9年(1780年)刊行)を見ると、当時、龍安寺の鏡容池はオシドリの名所として知られており、今日有名な石庭よりも、池を中心とした池泉回遊式庭園の方が有名であったようである
寛政3年(1791年)に京都奉行所へ提出された古地図には23か寺の塔頭があったが、寛政9年(1797年)の火災で方丈、仏殿など主要伽藍が焼失したため、塔頭の西源院の方丈を移築して龍安寺の方丈(本堂)とし、現在にいたっている。
その後、明治初期の廃仏毀釈によって衰退するが、イギリスのエリザベス女王が1975年に日本を公式訪問した際、龍安寺の拝観を希望し、石庭を絶賛したことが海外のマスコミでも報道され、世界的にも知られるようになった。
現在では。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。

さて、石庭は勿論健在で、外国人の訪問者の多いのには驚かされる。
これは上の理由もあってのことだろう。


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ここからが有名な石庭です。
これは「枯山水の方丈庭園」です。

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また皆さん石庭、石庭というが襖絵も見事ですが、残念ながら昭和になって書かれた襖絵だそうです。
元々は江戸時代初期の作品があり、桃山時代の様式を色濃く踏襲した狩野派の名品でした。
残念なことに明治の廃仏毀釈で龍安寺を離れアメリカに流出してしまったのです。
現在この襖絵は龍安寺にも日本にもありません。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館などの所蔵となっています。

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龍安寺方丈襖絵のうち6面が帰還
明治初期の廃仏毀釈の影響により、明治28年(1895年)に寺から出て以来、115年ぶりの2010年10月に龍安寺方丈襖絵のうち6面が帰還した。
東本願寺に売却後、伊藤傳右衛門など個人の手に渡るなどして散逸したもので、その一部は米国シアトル美術館などが所有している。
2010年に戻った襖絵は、狩野派の作と言われる「群仙図」20面のうち4面と「琴棋書画図」20面のうち2面で、米国のオークションに出品されたものであるが、イギリス人の仲介により、龍安寺が落札した。
この襖絵は2010年12月から2011年3月まで、帰還後初めて一般公開された。
他に所在の確認されているものは、米国メトロポリタン美術館所蔵の8面(襖4枚の表裏)、シアトル美術館所蔵の4面、イギリス個人所蔵の9面の計21面である。






この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-20 13:00 | Comments(2)

大がかりな岡崎公園の『京都学生祭典』20150919

大がかりな岡崎公園の『京都学生祭典』20150919


岡崎公園で何かのお祭りをやっているらしいと聞き、出かけてみた。
確かに、大鳥居の先の参道にはコスプレに身を包んだ剣舞のようないでたちの若者がショーを繰り広げており、沢山の人だかりになっていた。
写真に撮ってみたが、意味がよくわからないままだった。
一方、公園内では出店がたくさん出ていて、ここもかなりの人がでていたが、なんの祭典化を聞こうと思ったところ、手渡された団扇を見ると「京都学生の祭典」とあり、テレビで紹介されたこともあり、大変な人出も納得であった。

コスプレを物珍しそうに色んな人が熱心に?みていた。

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出店もかなり繁盛しているようで、テントの下にはお客さんが沢山

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また、剣舞に戻って仕上げを拝見。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-19 12:33 | Comments(2)

色づき始めた平安神宮がある『岡崎公園』20150919

色づき始めた平安神宮がある『岡崎公園』20150919


岡崎公園で行われているお祭りを横目に琵琶湖疎水から出てきた丁度大鳥居の辺りが、紅葉となっていくのがかなり早い、毎年ここにこの位の時期に来ている気がする。
今回は少し色図んできている感じがある。
もう少し!

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-19 11:25 | Comments(2)

丹後豊岡市神鍋の床瀬(とこせ)そば20150906

丹後の床瀬(とこせ)そば20150906


最近は京都縦貫道が京都から宮津まで開通したため丹後半島は非常に行きやすくなった。
この日は少し足をのばし、豊岡市を超えて「美方郡香美町香住区余部」というところの、余部(あまるべ)鉄橋に行ってきた。
この余部(あまるべ)鉄橋は豊岡市と鳥取市の中間より少し豊岡寄りで高さ40m以上の天空の鉄橋といっていい。そのため建て替えられてからも観光客が後を絶たずいつ行ってもそこそこ混んでいるとのことである。

さて、前置きが長くなったが、自宅へのNAVI を入れると県道の神鍋高原方面を経由するルートだった。
その途中「床瀬(とこせ)そば」の幟が所々にたっていたが、聞いてことがない蕎麦だったので通り過ぎていたが、タヌキのお出迎えのお蕎麦屋さんがあり、伝統的な旧家の造りだったので興味をひかれ寄ってみることにした。
時間はPM4時頃だったので、お客も1組しか居なく、貸しきり状態のこともあり蕎麦セットを頼むと、待ち時間も少なく料理を出してくれた。


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玄関を入って右手に案内されるとそこには囲炉裏がある大広間があり「お好きなところへどうぞ!」といわれ窓際の景色のいいところに坐らせていただいた。

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そしてすぐパンフレットに載っている「蕎麦セット」を注文。


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まず最初に出てきたのがこの2つ。白いのが手作りの落花生豆腐でなかなか美味でした。
もう一つはソーメン大根?

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ヤマメの塩焼きの後、
挽きたて、打ちたて、茹がきだての床瀬そばが運ばれてきました。
十割そばです。

最後はそば湯を楽しみました。

帰るときは閉店時間の17:00が過ぎており、のれんはずされていたが外から見るとこんな感じである。

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ここは田舎のおばあちゃんの家に遊びに来て食べているような感じのお店でした。


*床瀬そば (とこせそば) 
住 所:兵庫県豊岡市竹野町椒641-1
電 話:0796-48-0406
営業時間:10:30~17:00
年中無休
http://www.tokosesoba.com/





この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-05 15:59 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

円山応挙ゆかりの「大乗寺(応挙寺)丹波」20150905

円山応挙ゆかりの「大乗寺(応挙寺)丹波」20150905


ここは薬師霊場49社のうち28番霊場となります。
またここは「円山応挙」と関係があり、応挙寺とも呼ばれています。

本寺を再建した、密蔵和尚は京都訪問の際に苦学中の円山応挙に銀三貫目を与え援助した。
これを学資に応挙は江戸で3年間修行をし京都に戻り大成し円山派を確立し京都画壇の重鎮と為った。
のちに密蔵和尚の恩に報いようと再興中の大乗寺に協力し、弟子12名とともに客殿襖絵・屏風などに取り組み多数の作品を残した。
このように、「応挙寺」の名前で知られる大乗寺には、江戸時代の画家・円山応挙とその弟子たち12名の筆になる障壁画が165点もあり、すべて国の重要文化財に指定されています。

お寺の御説明によりますと、
仏間の十一面観世音菩薩(国重要文化財)を中心として、13の部屋に配されたふすま絵は、部屋という立体空間を取り入れて、荘厳な仏の世界・曼陀羅をみごとに表現しています。
墨だけで描かれているのに、彩色されているように見える絵や、見る人の位置によって、描かれた人物の体の向きが変化して見える“八方にらみ”の技法など、応挙得意の描法も見ものです。

写真を撮ることが許されないので載せてはいませんが、200年前描かれた郭子儀図の鮮やかな色彩とモダンな造形感覚まじかで目に触れることができます。

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駒札には、高野山 真言宗と書かれてありました。

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山門は一段高いところにあり、威厳があります。

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本堂。

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円山応挙の像です。
これが似ているならなかなか貫禄のある人だったように見えます。

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本堂の横に本堂に入る入り口があり、ここから応挙の絵画を見に入ることができます。

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本堂の側面。

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鐘楼。

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本堂の前庭に不思議な裾太の木がありました。びっくりです。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-09-05 15:20 | (寺社)関西の神社仏閣 | Comments(2)