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初詣に向けて準備が進んでいる「八坂神社」20151231

初詣に向けて準備が進んでいる「八坂神社」20151231


八坂神社も明日の初詣に向けて準備がほぼ終わった感がある。
明日は八坂神社から四条通を西に500m、四条大橋の傍まで初詣客が列をなす大賑わいだが、前日のこの日は神社の境内だけでなく、出店もぎっしり建ち並び、明日の本番に向けて準備万端のようだ。

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斎殿では2015年を締めくくる「大祓式」が行われていた。

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本殿もお正月モードに飾り付けられていた。

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大国主社(縁結びの神)は相変わらず若者に人気の場所のようだ。

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明日は一方通行になるようで大きな膜に方向指示が書かれていた。

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準備も充分のようだ。

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明日は混雑を避け午後から参拝と行こうと思っている。





この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-31 14:51 | Comments(2)

もう咲き始めた「京都御所の梅」20151231

もう咲き始めた「京都御所の梅」20151231


今年も大晦日を迎えました。

先日友達から、京都御苑で梅が咲いているとの情報をいただき、早速出かけてみた。
早咲きの梅かと思いますが、見事な花びらをつけていた。
今年の天気はおかしい。暖冬と云っても良いが、御苑の梅が去年よりも2・3週間早く咲いたように思う。

この時期は御所を訪れる人も少なく静かな空間になっている。

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京都御苑には御所が3つ(京都御所、仙洞御所、京都大宮御所)あり、その周囲にはお公家さんの屋敷が点在していたとのことで、結構古い銘木があちこちに存在している。
この木もその一つで、手入れもきちんとなされ枝ぶりも素晴らしい。
梅を見に来たがついついこの木に目がいってしまった。

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まず目に飛び込んできたのは、このピンクの梅である。
これがご覧の通り五分咲きになっていた。
ここではこの梅は例年一番咲きであるがそれにしても早いのには驚きである。

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びっくりしたのは蝋梅が咲いてはいたが、葉をたくさんつけたまま花を持っていrたことである。
いつもの景色は葉の無い枝に黄色い花をつけている状態であった。
ところがこのように沢山の葉をつけたまま咲いていた。

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先ほどのピンクの梅の他に、淡いピンクや白梅も花をつけていた。

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京都御苑は南は丸太町通り、北は今出川通りに面しており、今出川通りを挟んで北側には同志社がある。
広大な敷地だが、ここは薩摩藩の所有地だったとのこと。

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*天候不順で梅が早く咲きだしているが、面白いことに殆どが未だ咲いておらず、一部が急に咲きだしたと云う感じだった。





この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-31 13:42 | Comments(2)

大晦日の東山地域の落着いたたたずまい20151231

大晦日の東山地域の落着いたたたずまい20151231


大晦日、予定していた仕事も一段落し、カメラを片手にぶら~っと東山方面に出かけてみた。
さすがに大晦日とあって商店街はともかく、ここら辺りは静かなたたずまいであった。

鴨川もこの日は穏やかな流れで、散策する人もまばらな感じだった。

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建仁寺境内の北西に塔頭・興雲庵(こううんあん)がある。
境内に鎮守社の陀枳尼尊天( だきにそんてん、豊川稲荷)が祀られており、宮川町など花街のお詣りも多く、「おいなり さんの寺」とも呼ばれている。

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建仁寺の境内に入るとさすがにこの日は閉まっていた。

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建仁寺を抜けて花見小路を上がると、祇園甲部の「歌舞練場」で立派なたたずまいである。

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大晦日と云っても若者や観光客には関係ないのかこの花見小路には結構な人がでていた。

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混雑を避け、花見小路の右手のお茶屋がいに入っていくと路上にしゃれた道しるべが置かれていた。
聞いたことがない「青柳小路」「東松竹小路などの表示があった。
一見風流な名前であった。

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お茶屋街はこんな感じである。

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そのまま東へ抜けると、東山大路にでる。そして八坂神社へ向かう。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-31 13:01 | Comments(2)

師走のかきいれ時の京都『錦市場』20151230

師走のかきいれ時の京都『錦市場』20151230


京都の台所と云「錦市場」は市場としての長い歴史を持つ。
垂れ幕にもあるように、今年で400年と云うことらしい。ということは江戸の初めころから始まった勘定になる。ここにできた理由はきれいな地下水によるところが多いようだ。

この市場のお店は市場としては、あけるのが遅く閉めるのが早いと思う。
普通は朝早くから開くのが市場のように思うが・・・。

あまり関係ないが、そういえば清水道のお店も朝が遅い。
京都人は怠けものが多いのかもしれないと思われてもしょうがないかも。

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*ついでに高島屋を覗いてみると、豪華な着物が展示されていた。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-30 14:00 | Comments(2)

北野天満宮の前身神社『文子(あやこ)天満宮』20151212

北野天満宮の前身神社『文子(あやこ)天満宮20151212


文子天満宮は渉成園より北へ徒歩2分位の所にひっそりと建っている。
天神信仰と道真の乳母「多治比文子(たじひのあやこ)」ゆかりの神社である。

御祭神、勿論菅原道真公である。
道真は大宰府へ左遷され、失意のうちに亡くなった。
その後、天候不順や政治の混乱が続き、人々はそれらの災いを道真公の怨霊のせいだと考えていた。

菅原道真公の乳母をつとめていた多治比文子は、失意のうちに自分の家の庭に小さな祀をもうけ、道真公を拝んでいた。
そんなおり、天神となった菅原道真公は多治比文子に現在の北野天満宮の地に自分を祀ってもらいたいと託宣し、北野天満宮が天神信仰の中心となったわけである。
このように北野天満宮がまつられるきっかけをつくったのが、多治比文子だった。ここが「北野天満宮の前身神社」と称する由縁である。

文子天満宮は、菅原の道真公を「天神」としてわが国で最初におまつりした神社であることから「天神信仰発祥の神社」と位置づけられます。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-12 14:58 | Comments(2)

師走の京都駅周辺を散策20151212

師走の京都駅周辺を散策20151212


12月も半ばに近付き師走のあわただしい動きが出始めているのではないかと思い、京都駅周辺を散策してみた。
この日は土曜日だったがそう混んでおらずむしろ人の出が少ないように思う。
買い物よりも家での仕事が多いのかもしれない。


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中央口の改札(写真右手)辺りも人がまばらである。

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京都駅を外側からゆっくり見たことがない。でもこうやってみるとなかなか立派な建物である。

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京都駅から離れて西側に行くと遺跡の発掘調査をやっていた。
この辺りも平安京の最南端であり、なにかの遺跡があったんだろう。
このように発掘調査すると云うことはしばらくしたらこの広いところに大きな建物建つのではないと思う。

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更に北に上がると名勝「渉成園」(*後説)がある。

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近くに新しい小学校(下京渉成小)があった。
やはり作りは京都らしい和風タイプである。

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少し戻って小路に入ると旅館街がある。
この辺りを歩いていると、そういえば高校生の頃の修学旅行時にこの辺りの旅館に泊まった気がしてきた。

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京都駅から七条通りを西に行くと昔ながらの建物・看板が見られる。

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京都駅に戻って南を見上げると、京都タワーがある。

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ここだけ見ると他の町と変わらない都会に見えるが、歴史を感させるものが数多くある。
こうやって、歴史を訪ねるのも面白いのではないか。

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*渉成園
池泉回遊式庭園をもつ東本願寺(烏丸通)の別邸である。
1641(寛永18)年に三代将軍・徳川家光から当地(約一万坪)が寄進され、石川丈山の趣向を入れた作庭がなされている。
園内の諸殿は1858(安政5)年、1864(元冶元)年の二度にわたって焼失している。
現在の建物は明治初期から末年ごろに至る間に順次再建されたものである。
庭園には四季折々の花が咲きほこり、変化に富んだ景観は「十三勝」や「十景」と称されて、高い評価がなされている。





この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-12 14:16 | Comments(2)

京都駅の階段ホールを飾る「クリスマスツリー」20151212

京都駅の階段ホールを飾る「クリスマスツリー20151212


毎年恒例の京都駅階段ホールの「クリスマスツリー」が今年も立派に飾られた。
この階段ホールは沢山の人が訪れる。
京都駅ビルの11階の上の屋上までエスカレータがありISETANの各階は勿論、10・11階の充実したレストラン街につながり、更に屋上に上がると京都の街を見渡すことが出する。若者にとっては絶好のデートスポットでもあるらしい。
また、ライブなど色々な催しが行われるところでもある。
確認してはいないが、きっと今年もクリスマスイベントが予定されているのだろう。

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京都駅中央口の前にはバスやタクシーの大きなロータリーがある。
その地下には巨大な商店・飲食店街(ポルタ)がある。
その中にも毎年このようなかわいらしいクリスマスツリーが飾られる。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-12 12:38 | Comments(2)

「だんのうさん」として親しまれる【檀王法林寺】20151208

「だんのうさん」として親しまれる【檀王法林寺】20151208

このお寺の境内に入ると子供たち声が賑やかに聞こえてくる。
ここは檀王法林寺(だんのうほうりんじ)。

京都市左京区川端通三条にある浄土宗の寺院である。
正式な山号院号寺名は 朝陽山 栴檀王院 無上法林寺 であるが、人徳厚かった第2世住持の團王良仙を人々が親しみを込めて「だんのうさん」と呼んだ事から、当寺の呼称も檀王法林寺として定着したようだ。
團王良仙が琉球王国より帰国後、創建した浄土寺院の1つである。

西門の前には【だん王】の石柱が立つ。

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南門から境内をみると奥に仁王門が建っているのがわかる。
通常仁王門はお寺の表玄関に当たるものだが、ここからも色々な歴史をくぐりぬけてきた軌跡が伺える。

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駒札には由緒が書かれている。

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不思議なことに、駒札にはこの門が西門と云うことになっているように見える。
しかしこの門は正門ではなく「四天王楼門」と云うらしい。
確かに門の前には「派祖望西樓」とあり、扁額にも「望西樓」とあるが、これは文永9年(1272)に、望西楼了慧(ぼうせいろうりょうえ)上人により「悟真寺」として創建されたあと、この上人の遺徳から「望西樓」とつけられたようだ。

この門は表および裏に四天王が二体ずつ配置されている。
歴史を感じさせるよく出来た木刻像である。

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本堂は江戸時代中期に再建されたもので、駒札にもあるように彫刻・彩色などの装飾的要素が多用されており、また平面構成はこの時期の浄土宗寺院の本堂としては特異な存在のようである。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-08 15:35 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

まだ残っていた【祇園白川】の紅葉20151208

まだ残っていた祇園白川】の紅葉20151208


雨なども降り、寒さが段々が迫ってくる感じがしていますが、恒例の散歩に出かけてみた。
白川とは岡崎の先から流れてきて祇園新橋から鴨川に抜ける川を指します。

この写真から川沿いに100m位先には、京都の紹介で毎回のように写される、巽(たつみ)橋がある。またそのそばには、「たつみ神社」があり、記念撮影のスポットにもなっている。

しかしこの写真の位置は大和大路に架かる「大和橋」です。
春は桜と新緑、秋は紅葉とあり、情緒ある場所として観光客は勿論、じもとの方たちにも憩いの場となっているようです。


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木の上に丁度アオサギがとまっておりました。
この川沿いに料亭やお茶屋さんが並んでおり、その一軒の板さんがえさをあげるためすっかり居付いてしまったようです。
そのため、この先の高い木の上にはアオサギは勿論コサギも巣を作っています。

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※今まで白川を説明する機会がなかったので、ここでチョイと説明させていただきます。
東山の山々のうち比叡山と如意ヶ岳の間に位置する滋賀県大津市山中町の山麓(俗に「白川山」)に源を発し、西へ流れ京都市左京区に入り、吉田山北東部の鹿ヶ谷付近で南西に転じ、南禅寺の西側で琵琶湖疏水を合わさっている。
そのあと、西行し、平安神宮へと続く神宮道の西で琵琶湖疏水と分かれ、東山区に入り知恩院の西側を流れ、四条通の北側で鴨川に合流している。
途中三条を下る辺りから、そよぐ柳の木の並木があり、下流から眺めた先には丁度比叡の姿が望め、川の途中にある古川橋は幅50cm位の細い橋であり、慣れない人は怖いと思うが、地元の人は子供でも平気で自転車で渡るし、お年寄りもすたすた渡っている。






この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-08 14:59 | Comments(2)

晩秋の京都鴨川の風情20151208

晩秋の京都鴨川の風情20151208


鴨川はよく行く場所です。

澄んだ空の下、鴨川の下流の風景。

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一方上流のかなたには比叡山山頂が望めます。

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御池通りの鴨川御池大橋のたもとに『夏目漱石』の歌碑が建っている。

「木屋町に宿をとりて川向の御多佳さん・・・。」と歌碑にはあり、二人の間に小さな行き違いがあり、川向に居ながら会えないもどかしさを謡ったものです。

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鴨川にはゆりカモメが沢山飛来してきます。
この日も沢山のカモメが飛び交い、川には何羽かのカモメが羽を休めていました。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-12-08 13:38 | Comments(2)