京都のえびす様はさすが歴史を感じさせます。20160111
八坂神社【北向蛭子社】
北向蛭子社(きたむ きえびす しゃ)は、八坂神社の末社です。
社殿は、江戸時代前期の1646年(正保3年)に建立されたもので国の重要文化財となっています。
建物は、桁行三間、梁間三間、流造り、両側面(東西面)および背面(南面)一間通り庇付、こけら葺きとなっている小さな社です。1998年(平成10年)6月に屋根葺き替えと塗り替えが行われています。
北向蛭子社の祭神は、「事代主神(ことしろぬしのかみ)」です。
一般には「恵比須(えびす)様」と呼ばれ、福の神、商売繁盛の神様とされています。
事代主神は、大国主の御子神で、八坂神社の本殿に祀られている主祭神である素戔嗚尊の孫神にあたります。1月9日と10日には「初えびす」の例祭が行われます。
祇園さんの蛭子社は「えべっさん」の原点
「商売繁昌で笹もってこい!」のかけ声でおなじみの「えびす信仰」は、日本各地に拡がっています。
その「えべっさん」が、八坂神社の境内にある北向蛭子社の「えべっさん」です。
全国的に名の知られた大阪の今宮戎神社のえべっさんは、八坂神社の氏子が今宮に移り住んだとき、祇園の「えべっさん」をその地にお祀りしたことに始まります。
そのご縁から、今宮戎神社からは毎年、祇園祭の折りには幣帛を、大晦日には鯛をご奉納しにきます。
八坂神社からは1月8日に、今宮戎神社の十日戎に先だっての献茶祭に神水を持参してお供えします。
というような行事が今でも続いております。
【京都ゑびす神社】
京都ゑびす神社は西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称され、「えべっさん」の名で親しまれています。祭神は八代言代主神、大国主命、少彦名命。
起源は約800年前土御門天皇の建仁2年(1202年)に禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられたものです。
今日多くの人はゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」をイメージされますが、ゑびす信仰の象徴とも言える笹は元来京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったものと云われています。
1月8~12日に『十日ゑびす祭典』(初ゑびす)が行われます。
商売繁昌・家運隆昌・吉兆のお笹の授与があり、8日は招福祭、9日は宵ゑびす祭、10日は十日ゑびす大祭、11日は残り福祭、12日は撤福祭といわれ、まぐろが奉納されるのは宵ゑびす祭の日です。
今日はその残り福と云うことで出かけてみたが、凄い人出にはびっくり。
それでも人波に押されつつ進んでいくと、鳥居に架かる扁額に袋をかぶせてある。
これは「二の鳥居の福箕」として名物で、普段、二の鳥居にはゑびす様の福箕(熊手)がかかげられ、それにお賽銭を投げて中に入ると願いが叶うとされています。
しかし十日ゑびす祭典期間中はこのように目隠しをし投げられなくしてある。
小さな境内と云うこともあり本殿が直前までよく見えない。凄い人である。
福笹奉納の舞。
この福笹授与は、ここ京都ゑびす神社から始まったと云われています。
笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で、「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となっています。
本殿横の壁板「たたき板」。
えびすさんはお年寄りの神様なので、ちょっと耳が遠くなり本殿前の鈴を鳴らすだけでは気が付かない。
なので本殿の奥の神様が居るすぐ横の壁をドンドンと叩いて「来ましたでぇ」とお詣りに来たことを知らせる。誰が何時考えたか知らないが、なかなか粋な感じがします。
この項
<完>