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東京柴又公園(矢切の渡し・山本亭等)20170523

東京柴又公園(矢切の渡し・山本亭等)20170523



地図上でもわかる通り、帝釈天の横には江戸川が流れている。

その江戸川の河原が柴又公園で球技など広い地域を占めている。

帝釈天から江戸川の堤防を越えた先にあの歌で有名な「矢切の渡し」がある。そしてその先、川を超えると対岸は千葉県である。

この矢切の渡しは現在も不定期に渡し船が動いている。乗ってみたかったが時間が決まっていなかったのであきらめることにした。

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矢切の渡しから帝釈天へ戻る途中「山本亭」という大正時代(1923年)に建てられた民家がある。山本亭とは、大正末期に建てられた趣ある書院造に西洋建築を取り入れた、和洋折衷の建築が特徴の建造物である。
ここにはアメリカの日本庭園雑誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズガーデニング」で第5位(東京で第1位)に選ばれた庭園がある。

入場は有料だが、庭園を眺めながら抹茶をいただくことができる。

昔ながらのその時代の特徴を取り入れた建物と、池が配置され整えられた庭園はいつまでも眺めていられる素晴らしい庭園である。

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遅いお昼でたまたま開いていたもんじゃ焼きの店で気炎をあげてきた。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-28 12:52 | (風情)日本の四季 | Comments(1)

寅さんの柴又帝釈天20170528

寅さんの柴又帝釈天20170528


寛永年間(1629年)の開山とされ、柴又七福神の一つ毘沙門天としても有名。安永8年(1779
年)に、本堂改修中の梁上から日蓮聖人作とされる帝釈天のご本尊が発見された。その日が庚申(かのえさる)であったことから、庚申の結縁の始まりとされ、庚申の日には縁日が行われ、現在も「庚申まいり」には大勢の人出で賑わっている。

それよりもこの帝釈天を有名にしたのは何といっても寅さんの「男はつらいよ」でしょう。

ロングランの映画で、渥美清の寅さんと一作ごとのマドンナ。それと妹さくらの倍賞千恵子などが繰り広げる悲喜劇。

ロケも実際のこの帝釈天と参道のお店(現存の高木屋老舗)とフル活用されている。

その帝釈天に行ってきた。

京成上野駅から京成高砂で3駅しかない京成金町線に乗り換え柴又駅に着いた。

柴又駅で昔からの仲間二人と待ち合わせしたが、寅さんとさくらさんが出迎えてくれた。

ちょっと驚いたのはここは日蓮宗のお寺で正式名称は経栄山 題経寺ということだった。

大変な人出であった。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-28 11:01 | (寺社)全国の神社仏閣 | Comments(1)

京都鴨川沿いを散策20170527

京都鴨川沿いを散策20170527


高瀬川は、二条大橋の南で鴨川西岸を併走する「みそそぎ川」(鴨川の分流)から取水する。二条から木屋町通沿いの西側を南下し、十条通の上流で鴨川に合流する。

この立て札は、船廻しのあった場所でこのあたりから東鴨川までと南の正面通りまでが、(まだ調べはついていないが)任天堂の旧館(山内任天堂;現存している)を中心に料亭や料理旅館など往時の歓楽街を思わせる風情がある。

正面通り・正面橋の由来は、方広寺の大仏殿(現存していないが、跡地がある)の正面にあたる通りということでまっすぐ大仏殿に突き当たる通りということである。
鴨川は納涼床がが盛況でまた河原には沢山の人出がみられ、いよいよ京都の夏の風物詩の一つが見られるようになった。

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高瀬川船廻し場跡の駒札には次のように書かれている。

「豊臣秀吉が天下統一の後、その権勢を誇るものとして「天下泰平」祈願の寺・方向寺(大仏殿)を建立した時、その資材(石材)を瀬戸内の島より諸大名に命じて、伏見港から京へ搬入するために、天正十四年(一五八六)、当時の豪商・角倉了以に命じて、御土居の外に沿って掘らせ、慶長一九年(一六一四)、現・一之舟入(二条)から伏見まで息子素庵と共に開通させた水路(運河)が高瀬川である。 その後、この高瀬川は、京に米・材木・薪炭・などの他、日常雑貨なども運び込む大切な通路として、大正九年(一九二〇)まで使われていた。 当時使われていた高瀬舟「舟兵(二文字を合わせて一字)」は、水深の浅い川に合わせた船底の浅い平らな舟で急流を荷を積んで乗り切れるように「高背」即ち船べりが高く造られていた。子のような舟で五、六隻一度に繋いで十四、五人の船頭たちが両岸に造られた普通の道より一段低くなった綱場を、ホーイ、ホーイと抱え声を掛けながら背に架けた綱で引いて上がってきた。 当時この辺りの川幅は、九メートル余りあり、岸は砂浜のようになっており船廻し場となっていた。また、ひと・まち交流館東南角の菊浜区民会館辺りに回漕点があり、ここから上流六条坊門(五条)にかけての舟繋ぎ場には、いつも何艘かの高背舟が繋がれていたと言われる。 五条~七条間に架かる橋は、人が橋の下を綱を引いて通れるように門樋橋(榎木橋)・七条小橋などみな高くしてあり、六軒橋・上の口橋は階段式(十段ほどの石段)と成っていたため、人は渡れても車は渡れなかったし、正面橋は橋までが急な上り坂に成っていたため、材木などを積んだ車などは、両側から綱をつけてまだ後ろから人が押して渡っていたとの事である。 尚、この川に因んだものとして木屋町通り・(大仏)正面通り・梅湊町・富浜町・納屋町・材木町などの通り名や町名があり、当時正面通り木屋町東には米の取引所が有り、その「米浜」と言う名が郵便局名として残されている。」


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-27 16:48 | Comments(1)

平安京の西の守り「松尾大社」20170517

平安京の西の守り「松尾大社」20170517


701年(大宝1年)に創建された京都最古の神社。

京都洛西の総氏神であり、開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神。特に醸造祖神として酒造家の崇敬が厚い。

現在の本殿は1397年(応永4年)に造営された『松尾造り』とよばれる特殊な形式で重要文化財に指定されている。

神像館では神社所蔵の重文等身大座像3体を始め、摂末社で祀られていた18体の御神像も常時展示されており、神像彫刻の歴史を知る上で大変貴重な資料となっている。

松尾山の山頂付近には「御神蹟」と称する磐座が残る。

上古には松尾山頂の磐座(御神蹟)で祭祀が行われたといわれるが『秦氏本系帳』では、大宝元年(701年)に勅命によって秦忌寸都理(とり)が現在地に社殿を造営し、松尾山の磐座から神霊を同地へ移したのが創建になるという。

秦忌寸都駕布(つがふ)が初めて祝(神職)を務めたといい、以後はその子孫が代々奉斎するとする。

社殿創建以前の祭祀については、未だ明らかではない。

松尾大社に関する古い伝承には、大山咋神が鎮座するという『古事記』の伝承、宗像の中部大神(中津島姫命)が鎮座するという『秦氏本系帳』の伝承、秦氏に加えて賀茂氏も創立に関与したとする『秦氏本系帳』の別伝承の3種類が存在するが、これらの解釈には不明な点が多い。

なお、社殿を現在地に定めた理由も定かでないが、平成26年(2014年)3月に本殿背後の樹木を伐採した際に巨大な岩肌があらわとなったことから、松尾山頂の磐座での祭祀にならってこの巨岩のそばで祭祀を行うことを志向したのではないかとする説が浮上した。

また、松尾大社には奉納された多くの酒樽が並ぶ。

狂言「福の神」によると、松尾神は「神々の酒奉行である」とされ、現在も神事に狂言「福の神」が奉納されるほか、酒神として酒造関係者の信仰を集める。その信仰の篤さは神輿庫に積み上げられた、奉納の菰樽の山に顕著である。松尾神を酒神とする信仰の起源は明らかでなく、松尾大社側の由緒では渡来系氏族の秦氏が酒造技術に優れたことに由来するとするが異説もある。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-17 13:09 | Comments(1)

「天龍寺の庭園」(京都嵐山)20170517

「天龍寺の庭園」(京都嵐山)20170517


京都嵐山の天龍寺には、曹源池(そうげんち)庭園がある。

700年前の夢窓国師作庭で当時の面影をとどめており、わが国最初の史跡・特別名勝指定である。

中央の曹源池を巡る池泉回遊式庭園で、大堰川を隔てた嵐山や庭園西に位置する亀山を取り込んだ借景式庭園でもある。

庭園全体像は寛政11年(1799)に刊行された秋里離島による「都林泉名勝図会」に描かれた姿をよく残している。

方丈からみた曹源池中央正面には2枚の巨岩を立て龍門の滝とする。

龍門の滝とは中国の登龍門の故事になぞらえたもので、鯉魚石を配するが、通常の鯉魚石が滝の下に置かれているのに対し、この石は滝の流れの横に置かれており、龍と化す途中の姿を現す珍しい姿をしている。

曹源池の名称は国師が池の泥をあげたとき池中から「曹源一滴」と記した石碑が現れたところから名付けられたという。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-17 11:30 | Comments(1)

「天龍寺内陣」の特別拝観20170517

「天龍寺内陣」の特別拝観20170517


京都の観光地・嵐山にある「天龍寺」は嵐山・亀山を借景に境内が広がる。

天龍寺の開基は足利尊氏である。

暦応2年(1339)8月、後醍醐天皇が崩御したが、その菩提を弔うため、夢窓疎石が足利尊氏に進言し、光厳上皇の院宣を受けて開創されることになったとある。

その後、堂宇の建築が進められ、康永4年(1345)秋、疎石を開山に迎えて後醍醐天皇七回忌法要を兼ねて盛大に落慶法要が営まれた

天龍寺の地は、檀林皇后(嵯峨天皇皇后)が創建した檀林寺の跡地であった。

暦応4年(1341)7月、地鎮祭を行い、疎石や尊氏が自ら土を担いで造営を手伝ったという。

この背景には、この時点では南北朝時代の最中であり、尊氏の心の揺れを表す、多分に政治的な匂いが感じてくる。

天龍寺は康永元年(1342)には京都五山の第二位に位置づけられ、翌2年には仏殿、法堂、山門などが完成し、3年には霊庇廟(後醍醐天皇霊廟)も落成し第一位となった。(後8年にまた第二位に落とされている。)

大方丈に安置される非常に穏やかなお顔をされた釈迦如来像である。制作は天龍寺の創建よりはるかに古そうである。

天龍寺境内は1994年12月にユネスコから世界文化遺産に指定されている。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-17 11:00 | Comments(1)

「渡月橋と屋形船」(京都嵐山)20170517

「渡月橋と屋形船」(京都嵐山)20170517


嵐山といえば「渡月橋」だが普段もそうであるが、季節によっても色々な顔を見せてくれる。
桂川といっても、上流は保津川で「星のや京都」をすぎて緩やかになったところから(屋形船やボートが置かれている)「大威川」と言います。
ここでは平安貴族たちの船遊びなどが詩にもなっており、川の直ぐ東山手には饅頭型の「小倉山」が眺められます。
風情があるところで春は桜、秋は紅葉で観光客は殆ど出かける定番の観光地です。
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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-05-17 10:33 | Comments(1)

嵐山の風情(料亭)20170517

京都嵐山の風情(料亭)20170517


嵐山にも多くの高級料亭や旅館がある。
昔から有名なのは「吉兆」だが、「翠嵐
ラグジュアリーホテル京都」や「星のや」
なども高級と名がつけられる佇まいである。
これらが並ぶとなかなか壮観である。
(それぞれはネットで検索してください。)


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-17 10:05 | Comments(1)

長生蘭展(京都植物園)20170514

長生蘭展(京都植物園)20170514


京都植物園では長生蘭の展覧会をやっていた。

実は私は長生蘭というものを知らないし、聞いたこともなかったのでネットで調べてみた。

それが以下の内容である。

「古より漢方薬として使われていた長生草からの名で、シノブ玉や盆栽の下草などとして栽培されていたようである。

その中から変り葉などを選別し雅名を負わせ栽培するになり、江戸時代の古い品種では1700年頃(元禄・宝永・正徳時代)「石斛最明寺覆輪盆養ノ図」尾形光琳が有名である。

18357年頃(天保)には木版図や番付表として長生草見立鑑(現在の名鑑)の発刊など190種を超える銘品が栽培されていたという。

その頃の番付表中央には、勧進元・頭取・行事・世話人等の格付けを負う中国からの伝来種で「金龍」「銀龍」を筆頭に以下数種の唐石斛の存在も見うけられ、その中には現在まで伝承されて来た唐石斛は数種存在している。

当時の番付上位は、東大関に「青王丸」、西大関に「富士丸」、関脇には「琉球丸」「真鶴」「大江覆輪」「磐石丸」などが載っている。

大正末頃までの名鑑は長生草としているが、その後は長生蘭となっている。
現在では、それらのセッコク(日本名)の変異品種で日本長生蘭連合会に登録されたもののみを長生蘭と言っているようだ。」


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-05-14 16:15 | (風情)京都・関西 | Comments(1)

バラ園(京都植物園)20170514

バラ園(京都植物園)20170514



今年も植物園にバラの季節がやってきました。
これからは植物園では百花繚乱とまでは行かなくても花木がまぶしい季節になってきます。

桜もそうですが、花木とともにブライダル写真の季節です。
この日も複数のカップルが来場してました。

勿論ばらも生き生き最高でした。
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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-05-14 13:51 | Comments(2)