<   2017年 07月 ( 36 )   > この月の画像一覧

最古級裁判所建物跡の「歴史美術館」(篠山市)20170729

最古級裁判所建物跡の「歴史美術館」(篠山市)20170729



篠山市立美術館は、昭和57年(19824月に開館しました。

建物は木造建築の裁判所としては我が国最古級のものだった「篠山裁判所」を引き継いで使用しています。

この裁判所の外観及び旧法廷を建物の向きを90度回転させた上で従来の姿を残し、美術館にふさわしく内部を改装して使用しています。

尚、歴史は遡りますが、篠山裁判所は篠山藩庁の建物を使用して明治3年(1870)に発足しました。

明治23年(1890)民・刑事の一審のみを 取り扱う地方裁判所になり、翌年当地に新しい庁舎が建築され、昭和56年(19816月まで使用されていました。
当時、木造建築の裁判所としては我が国最古級のもので、重要建造物として昭和57年(19823月に 町文化財として指定されました。

この建物は、中央に玄関車寄せを置いて全面左右に法廷を配したE字型で、 内部はほとんど装飾がなく、簡素でありながら重厚さをかもし出すよう随所に工夫がこらされています。

e0237645_00102828.jpg


e0237645_00102820.jpg


e0237645_00102824.jpg


e0237645_00102841.jpg


e0237645_00102932.jpg


e0237645_00102960.jpg










この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-07-29 16:15 | (歴史)関西史 | Comments(2)

丹波篠山「伝統的保存建物」散策20170729

丹波篠山「伝統的保存建物」散策20170729


篠山市は兵庫県の中東部にあり、古くから京都と山陰、山陽間の交通の要衝の地でした。江戸時代には幕府により大坂城の豊臣氏と西日本の大名を分断する格好の地として軍事上重要な位置づけがされ、慶長141609)年に徳川家康の命により大阪城の包囲網の一つとして篠山城が築城されました。

151610)年からは城下町が計画的に整備され、江戸時代を通じて丹波国篠山藩5万石(文政10年から6万石)の中心地として栄えました。

篠山伝統的建造物群保存地区は、天下普請による篠山城跡を核とし、武家町や商家町の町割りを残すなど、近世の城下町の基本的構造を良く残すと共に、武家屋敷や近世から近代にかけて建てられた商家及び寺院など、城下町の要素を全体としてよく残し、その歴史的風致を良く今日に伝え、全国でも価値が高い町並みであると評価されているようです。

篠山城築城の際に、城下町の整備として京への玄関口であるこの河原町が最も早く着手されました。この町には当時から代を重ねて住み続けている人も多く、5メートルから8メートルほどの狭い間口と、奥行きが非常に深い妻入りの商家が軒を連ねています。

国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、千本格子や荒格子、袖壁、うだつなどが往時の城下町の姿を今に伝えています。

また、城下町形成時に防御施設として建てられた真福寺や観音寺、藩主の菩提寺であった本経寺が町並みのポイントとなっています。

現在では、古民家を利用した新たな店舗も増えつつあり、歴史的な町並みを眺めながらの散策をしてみました。

e0237645_00034726.jpg


e0237645_00034758.jpg


e0237645_00034781.jpg


e0237645_00034766.jpg



e0237645_00034876.jpg


e0237645_00034880.jpg

e0237645_00034862.jpg

e0237645_00034807.jpg

e0237645_00064932.jpg

e0237645_00065006.jpg

e0237645_00065009.jpg

e0237645_00065054.jpg

e0237645_00065085.jpg

e0237645_00065128.jpg

e0237645_00065129.jpg

e0237645_00065184.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-07-29 16:05 | (歴史)関西史 | Comments(2)

まけきらい稲荷(丹波篠山市)20170729

まけきらい稲荷(丹波篠山市)20170729


王地山公園の西側、赤い鳥居がトンネルのように続く長い石段を丘上に登ると、王地山稲荷神社と向かい合って、土俵の上にお祀りされているのが平左衛門(まけきらい)稲荷神社です。

次のような話が語り継がれています。
「篠山藩主青山忠裕公が老中であった約170年前の文政年間の頃、毎年将軍の上覧大相撲が催されました。

ところが、いつも篠山藩のお抱え力士たちは負けてばかりでした。
ある年のこと、篠山から来たという王地山平左衛門ら8名の力士が現れ、土俵に上がると連戦連勝してしまいました。
負けきらいの忠裕公は大変喜んで、その者達に会おうとされましたが、どこにもいません。
よく調べてみると、なんと全員が領内のお稲荷さんの名前だったそうです。」

これが「まけきらい稲荷」の起こりで土俵の上にお祀りし勝利の神として信仰されているようです。

e0237645_00004800.jpg


e0237645_00004889.jpg


e0237645_00004865.jpg


e0237645_00004916.jpg


e0237645_00004922.jpg


e0237645_00004958.jpg


e0237645_00004993.jpg


e0237645_00004996.jpg


e0237645_00005064.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-07-29 15:48 | (寺社)関西の神社仏閣 | Comments(1)

歴代藩主の帰依を受けた本経寺(丹波篠山)20170729

歴代藩主の帰依を受けた「本経寺」(丹波篠山)20170729


松平家、青山家と代々の城主の帰依を受けた格式の高いお寺です。

このお寺は河原町の重要伝統的建造物群保存地区に含まれています。

【駒札】によりますと、

「妙長山本経寺は日蓮宗に所属し、総本山は身延山久遠寺で、本尊は宗祖日蓮聖人奠定の大曼陀羅御木像である。

慶長6年(1601)高崎の城主松平安房守信吉が実母(徳川家康姉)菩提のため、家臣都築和泉に奉行を命じ、茨城県土浦の地に建立した寺で、開山持経院日泉上人を派遣した東京都大田区池上、大本山本門寺の末流となる。

元和5年(1619)松平安房守信吉、丹波篠山城主として転封の砌り、本堂を解体し船に乗せ瀬戸内海に入り、加古川口より曳き舟に乗せ替え久下に着き、そこから牛車にて陸送し、河原町の現在地に敷地を賜わり移築建立された。山号寺号はそのままとし京都大本山妙顕寺の末寺となる。

土浦に建立された折り、松平伊豆守の代より城中で祭られていた稲荷大明神(吒枳尼天)像を、本堂脇に小堂を建て、開山上人は日夜給仕されていたがこの御神体お道具も移築の折り篠山に移され、王地山の地に奥の院として観請された。城主信吉公亡くなられて後、その子忠国公が襲封されたが、慶安二年(1649)忠国公明石城へ轉封となる。その折り、永く当山にとどまり衆生を救うようにとの霊告があって本経寺、王地山稲荷社とも篠山の現在地にとどまる事を許された。次代松平康重公、青山公と歴代城主の帰依を受け、現在に至る。」
とあります。藩主が大事にされたお寺のようです。


e0237645_23564975.jpg


e0237645_23565028.jpg


e0237645_23565066.jpg


e0237645_23565076.jpg



e0237645_23565199.jpg


e0237645_23565124.jpg


e0237645_23565132.jpg


e0237645_23565149.jpg


e0237645_23565233.jpg


e0237645_23565213.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-07-29 15:16 | (寺社)関西の神社仏閣 | Comments(3)

京都市を一望「将軍塚青龍殿」とガラスの茶室20170725

京都市を一望「将軍塚青龍殿」とガラスの茶室20170725


門跡寺院の「青蓮院」の別院である「将軍塚」に平成2610月大護摩堂「青龍殿」を建立しました。

将軍塚は、以前から京都東山の山頂にあり展望台もあって市内を眺望でき、また四季の景色も素晴らしいところでしたが、この度新たに青龍殿を建立したわけです。

そして合わせて、展望のための大舞台を造りその中央には「ガラスの茶室」置いてあります。

青龍殿の建物は新築されたのではなく移築したものです。

大正2(1915)年、大正天皇の即位を記念して、「大日本武徳会京都支部武徳殿」として京都北野天満宮前に建立された木造大建造物ありました。
戦後、昭和221947)年「平安道場」として警察の柔・剣道の道場となり、後に一般にも開放され多くの青少年の武道修行の場となっていました。

平成101999)年、平安道場を閉鎖・解体処分が決定しましたが、それを青蓮院が歴史的文化遺産の継承として譲り受け、「青龍殿」として移築再建したものです。

見学すると重厚な威厳のある建物を感じることだ出来ます。

青龍殿とは、青不動をお祀りする建物ですが、青蓮院では、この国宝青不動を初めて奥殿に安置しているそうです。

e0237645_23514427.jpg


e0237645_23514571.jpg


e0237645_23514515.jpg


e0237645_23514568.jpg


e0237645_23514648.jpg


e0237645_23514676.jpg


e0237645_23514656.jpg


e0237645_23514696.jpg


e0237645_23514768.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-07-25 15:30 | (歴史)京都史 | Comments(2)

在原業平ゆかりの「十輪寺」(洛西)20170725

在原業平ゆかりの「十輪寺」(洛西)20170725



十輪寺は嘉祥3850)年、文徳天皇の后である染殿(そめどの)皇后(藤原明子)に世継ぎが生まれなかったため、伝教大師作で木像の延命(えんめい)地蔵菩薩を安置し、世継ぎ祈願を行ったのが始まりと伝わっています。

結果、めでたく皇子(後の清和天皇)が誕生したため、文徳天皇は延命地蔵菩薩をご本尊とし、ここは祈願所とされ、また藤原北家が信仰し、一族の菩提寺となりました。

またここは、平安時代の歌人で、「伊勢物語」の主人公在原業平の晩年の隠棲地として知られています。そのため「なりひら寺」とも呼ばれ、毎年、その命日528日に「業平忌三弦法要」が営まれ、三味線に合わせてお経を唱え、京舞や生け花などが奉納されます。

十輪寺のご本尊の延命地蔵菩薩(えんめいじぞうぼさつ)は腹帯地蔵尊と称され、子授け安産の祈願に、また、業平が塩焼きの風流を楽しんだといわれる「塩がまの跡」は、恋愛結婚成就の祈願として親しまれています。

e0237645_23482574.jpg


e0237645_23482514.jpg


e0237645_23482565.jpg


e0237645_23482630.jpg


e0237645_23482691.jpg


e0237645_23482686.jpg


e0237645_23482608.jpg


e0237645_23482792.jpg


e0237645_23482747.jpg


e0237645_23482781.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-07-25 14:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

善峯寺(西国札所)の日本一の松(天然記念物)20170725

善峯寺(西国札所)の日本一の松(天然記念物)20170725



善峯寺は平安中期の長元2年(1029)源算上人により開かれました。

源算上人は比叡山横川の恵心僧都(源信)に師事して、47歳で当山に入り、小堂に自作の千手観音を本尊としています。

長元7年(1034)後一条天皇より鎮護国家の勅願所と定められ、「良峯寺」の寺号が下賜されます。

長久3年(1042)後朱雀天皇勅命により、洛東鷲尾寺の仁弘法師作千手観音を本尊として、先の観音像を別に祀られました。

建久3年(1192)後鳥羽天皇より現在の「善峯寺」の宸額が下賜されました。また白河天皇や後花園天皇により伽藍寄進整備がなされ、後嵯峨天皇や後深草天皇など皇室の御崇敬をうけました。

鎌倉時代には慈鎮和尚や証空上人が住職を勤め、また西山宮道覚入道親王を始め、青蓮院門跡より多くの親王が籠居され、他にも多数の僧の入山により、室町時代には僧坊52に及びますが、応仁の乱により大半の坊が焼失してしまいました。

その後、江戸時代には徳川5代将軍綱吉公の生母である桂昌院を大檀那として、現存の鐘楼・観音堂・護摩堂・鎮守社・薬師堂・経堂が復興されて、幾多の貴重な什物が寄進されました。
現在の当山は、西国三十三所観音信仰、遊龍の松、桜・あじさい・秋明菊・紅葉など季節の彩り、京都市内の眺望が特徴です。また所有地36万坪、境内地3万坪、多くの堂塔伽藍ならびに数百点にのぼる貴重な什物を受継いでいます。

この中で特に国指定天然記念物である「遊龍の松(五葉松、樹齢600年以上、全長37m)」圧巻の一言でしか表現できない素晴らしさです。



e0237645_23424735.jpg


e0237645_23424874.jpg


e0237645_23424859.jpg


e0237645_23424890.jpg


e0237645_23424850.jpg


e0237645_23424954.jpg


e0237645_23424952.jpg


e0237645_23424921.jpg


e0237645_23443510.jpg


e0237645_23443507.jpg


e0237645_23443571.jpg


e0237645_23443519.jpg



e0237645_23443606.jpg


e0237645_23443620.jpg


e0237645_23443697.jpg


e0237645_23443673.jpg


e0237645_23464961.jpg


e0237645_23464981.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-07-25 13:30 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

まだ咲き誇る「東寺のハス」20170725

まだ咲き誇る「東寺のハス」20170725


東寺には7月10日に一度行ってきている。
その時も満開だったのでもう駄目だろうと思っていたが、行ってみてびっくり。
前にも増して見事なハスが咲いていた。
もうしばらく咲いていそうでした。

e0237645_23394600.jpg

e0237645_23394736.jpg

e0237645_23394715.jpg

e0237645_23394798.jpg

e0237645_23394701.jpg

e0237645_23394806.jpg

e0237645_23394890.jpg

e0237645_23394862.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-07-25 11:08 | Comments(2)

旧NUK大阪同窓会「京都巡り」20170725

旧NUK大阪同窓会「京都巡り」20170725



元勤めていた会社の仲間が京に集いました。
最少人数の4名です。
昼間は京都観光でお寺をいくつか回り、夜は先斗町で会食し、二次会はカラオケでした。楽しいひと時を持つことができました。
それにしても写真はありませんが、みんなカラオケが上手い!!!

まず最初は東寺です。
東寺のハスは見事だったのと、素晴らしい仏像を拝願しました。

e0237645_21310570.jpg

e0237645_21310583.jpg

東寺か羅城門跡、西寺跡公園を経て、西山にある「善峯(よしみね)寺」の天然記念物「日本一の松」を見てきました。長く伸びた幹の太い松には一同びっくり。

e0237645_21310649.jpg

e0237645_21310648.jpg

e0237645_21310608.jpg

次に訪れたのは在原業平ゆかりの「十輪寺」にいき、塩釜を見てきました。

e0237645_21310792.jpg

e0237645_21310703.jpg

つぎは、将軍塚青龍殿で京都の町を見渡せる展望台に行ってきました。
珍しいガラスの茶室がありました。

e0237645_21310795.jpg

e0237645_21310840.jpg

e0237645_21365453.jpg

e0237645_21365469.jpg

京都巡りの最後は鷹峯の観阿弥光悦ゆかりの3寺見学。
時間の関係で源光庵の窓と血天井を見学してきました。

e0237645_21365456.jpg

e0237645_21365579.jpg

また、島原「吉野太夫」が寄進した、鷹峯常照寺の吉野門です。

e0237645_21365594.jpg

夜はH氏が合流女将も入れてみんなで集合写真です。

e0237645_21365584.jpg

次は奈良を予定してます。









この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-07-25 10:30 | (仕事・学生)過去・現在 | Comments(2)

祇園祭「還幸祭前の御神輿」20170724

祇園祭「還幸祭前の御神輿」20170724


四条御旅所には豊臣秀吉と徳川家康の像が仲良く並んで置かれている。
ということは、祇園祭に極力政治を関与させず町衆の主導で行われてきたからだと思われる。
この像のすぐ隣に普段はお土産屋となっているスペースがある。
そこに神幸祭での神輿巡行後そのスペースに三基の神輿が鎮座されている。
そのお姿が以下の写真である。
そしてこの日ここから引き出され3つのルートに分かれ、それぞれの氏子街と御旅所をまわり、神輿洗いを経て八坂神社に帰っていくことになる。

e0237645_14032523.jpg

e0237645_14032554.jpg

e0237645_14032659.jpg

e0237645_14032697.jpg

e0237645_14032676.jpg

e0237645_14032617.jpg

e0237645_14032706.jpg

e0237645_14032755.jpg

e0237645_14032793.jpg

e0237645_14032781.jpg












この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-07-24 16:46 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)