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京都東山観光ベルトを散策20171222

京都東山観光ベルトを散策20171222



京都の東山は観光するにはちょうどいい寺社が並び、東山南観光ベルトと勝手に呼んでいます。
範囲は清水寺~八坂の塔~霊山観音~高台寺~八坂神社~円山公園~知恩院~青蓮院~粟田神社としています。
今日はこの内八坂神社~青蓮院を散策してみました。
もう4時を過ぎていたので、東山の山や建物が燃えたような色になってきます。
今回あらためて目に焼き付いたのは青蓮院の樟の古木のすさまじさでした。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-12-22 15:53 | Comments(2)

恒例のローム・イルミネーション(京都)20171218

恒例のローム・イルミネーション(京都)20171218



京都の恒例となっていると言っていいイルミネーションが、五条通(9号線)に面した、
「RORM社」で披露しています。
沢山の人が訪れ京都のメインストリートでもあることから、車の渋滞も発生します。
メタセコイアの並木やスクリーンに映されたプロジェクトマッピングなど400~500m位歩きながら楽しめます。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-12-18 20:02 | Comments(2)

すっかり変わった「三軒茶屋」20171216

すっかり変わった「三軒茶屋」20171216



元クーパースのミニ忘年会を三軒茶屋でランチをやりました。
三軒茶屋のレストラン「Picco Bello(https://r.gnavi.co.jp/fe0dbb860000/)」ということで、安くて・たらふく、味はまあまあでしかも飲み放題ということでした。とにかく大満足でした。
Nさんが探してくれました。感謝です。
三軒茶屋は昔しか知らない私には、すっかり変わって見え、高層の「キャロットタワー」ビル(124m)が三軒茶屋の西側にありました。
ちなみに調べてみると東京で一番高いビルは、赤坂の「ミッドタウンタワー」ビル(248m)で次が都庁(243m)だそうです。三軒茶屋のビルは216位ということで、東京は高層ビルが予想以上に多いことが分かりました。
それでもビルからの眺めは素晴らしい!


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-12-16 15:43 | (紹介記事)全国 | Comments(4)

世田谷「ボロ市・世田谷代官屋敷跡」20171216

世田谷「ボロ市・世田谷代官屋敷跡」20171216




世田谷のボロ市は700店以上の露店が並び、1日に約20万人もの人出でにぎわうボロ市は12月(1516日)と1月(1516日)の年2回、2日間ずつ、代官屋敷を中心にボロ市通りで行われます。
説明資料によりますと、
ボロ市の始まりは、遠く安土桃山時代まで遡ります。
当時関東地方を支配していた小田原城主北条氏政は、天正
6(1578)
世田谷新宿に楽市を開きました。
楽市と言うのは市場税を一切免除して自由な行商販売を認めるというもので、毎月一の日と六の日に
6
回開いていたので、六斎市(ろくさいいち)ともいいました。
その後、北条氏は豊臣秀吉に滅ぼされ、徳川家康が江戸に幕府を開き、世田谷城が廃止されると、世田谷新宿が城下町としての存在意義を失い急速に衰えていきました。
六斎市は自然消滅して姿を変え、何時のころからか年に
1
回、年の暮れに開かれる歳の市(市町)になっていきました。
そして明治の世になって新暦が使われてから正月
15日にも開かれ、やがて121516日の両日、正月にも1516
日の両日開かれるようになり現在に至っています。」
とあります。長い歴史が刻まれたものなんですね。


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世田谷代官屋敷跡
世田谷代官屋敷は彦根井伊家の世田谷領20ヶ村の代官所でしたが、代官の陣屋として建てられたのではなく、この地の名主であり世襲で代官職を務めた大場家宅を役所とした邸宅兼用の代官所でした。現存する建物は代官所としての特徴も見られますが、武家屋敷というよりも豪農の邸宅としての形態をよく伝えています。表門も武家屋敷の長屋門形式ではなく、民家の門に近い簡素な形です。この主屋と表門は明治期以後も大場家によりそのまま受け継がれ、今も旧態を保存している貴重な建物なので、大場家主屋及び表門として国の重要文化財に指定されています。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-12-16 13:20 | (風情)日本の四季 | Comments(2)

玉電(世田谷線)20171216

玉電(世田谷線)20171216



私が東京に出てきた時が、昭和45年になります。
その時は家内の実家(富ヶ谷)で居候をしたあと、埼玉の公団住宅に移りました。
その当時は玉電がまだ現役バリバリで、渋谷~二子多摩川間まであったように思います。
その当時、姉夫婦が二子新地(多摩川を渡った先)におり、ここに行くのに渋谷から大井町経由の東急大井町線で行った記憶があります。
その後、玉電跡に渋谷から中央林間までの東急田園都市線ができ青葉台に引っ越した私は便利になりました。
ここに写っている電車は元々ある世田谷線の玉電です。これは電車も今風に造られ運行されています。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-12-15 22:58 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

新橋駅前広場の汽車ポッポ20171215

新橋駅前広場の汽車ポッポ20171215



夜、たまたま新橋からJRに乗ろうとしたら、お馴染みの駅前広場の汽車ポッポが七色に変化してましたので思わず写してきました。
きれいなのでしばらく見とれていました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-12-15 21:28 | (紹介記事)全国 | Comments(3)

土佐神社(土佐一宮)と鴨社(高鴨神)とは?20171213

土佐神社(土佐一宮)と鴨社(高鴨神)とは?20171213



四国霊場30番札所である「善楽寺」に参拝した折、隣にこの土佐神社があった。
この神社は古事記にも続日本紀にも登場登場しており、しかも内容が異なる記述となっているミステリアスな神社のように思えてくる。
しかし共通しているのは、鴨社の総本宮である奈良御所市にある「高鴨神社」と深い関係があるようだ。
土佐神社のホームページの由緒には、
土佐神社の創祀については、明らかでありませんが、境内東北方の礫石と呼ばれる自然石を磐座として祭祀したものと考えられ、古代に遡ると言われています。
延喜の制が布告された平安時代、醍醐天皇の御代には式内大社に列せられ都佐坐神社と称され、特に皇室の崇敬あつく勅使の参向もしばしばあり、朱雀天皇の御代天慶三
(940)年には、神階を正一位に進ませられています。
鎌倉時代初頭には神仏習合時代に入り、土佐国総鎮守一宮とされました。当社・神宮寺・善楽寺にて一宮を形成、土佐高賀茂大明神と称えられました。
室町時代には、武門の崇敬あつく、正親天皇の御代元亀元
(1570)年には、長宗我部元親が、本殿、幣殿、拝殿を再興、安土桃山時代後陽成天皇の御代、慶長六(1601)年には、山内一豊が封をこの地に享けると共に以前の社領を免許し、二代忠義に至って摂社、末社を始め、鳥居、楼門、鼓楼を増築して、土佐の国最上の祈願所としました。
明治元年、神仏分離令により、永年続いた神仏習合時代が終わり、明治四年には土佐神社と改称、社格を国幣中社に列しました。戦後、昭和二十一
(1946)年官国幣社の制度が廃止され、現在では神社本庁の別表神社とされています。」とあります。

ここには載っていないが、雄略天皇の時代葛城氏との確執があったのか、葛城一族と目される鴨氏を土佐に流したのではないかとも思われる。この時鴨氏の一派は大和を追われ、京都・上賀茂に鴨社を建てたのではないかと、勝手に想像してみた。
また御所市に残った鴨族は厳しい環境下にあったように想像する…。
(調査は今後も進めてみたいと思っている。)

祭神は味鋤高彦根神と一言主神とあるが、鴨氏により古来より大和葛城の里にて祀られる神である。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-12-13 10:30 | (寺社)全国の神社仏閣 | Comments(2)

長宗我部元親墓所・関連遺跡20171213

長宗我部元親墓所・関連遺跡20171213



長宗我部元親と聞いて四国の雄とわかる方は少ないかもしれない。しかし元親は土佐から起こり、土佐を平定し更に四国を統一している。
時代は安土・桃山時代で、四国統一後すぐに豊臣秀吉の四国征伐により、降伏し土佐一国(9.8万石)で秀吉の外様大名となっている。
その後秀吉の九州征伐・小田原攻めにも従軍し、朝鮮にも遠征している。
関ケ原の役で元親の四男・盛親は西軍に付いたことから領地没収となり、その後に山内一豊が土佐を収めることになった。

さて面白いのは、元親の母及び妻は美濃の斎藤氏から輿入れしている。多分時代背景からすると母は斎藤道三の娘の可能性がある。それでも織田信長からの評判は良くないようだ。

今回は偶然墓所の案内表示があったので寄ってみたが、お墓は階段のかなり上の方にあるようなのでそこまでは上らなかった。それでも機会があればまた行ってみたいと思っている。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-12-13 10:09 | (歴史)全国史 | Comments(2)

高知「ひろめ市場」20171213

高知「ひろめ市場」20171213



高知に行った方はご存知のことと思う。
他に類を見ない凄い熱気の市場、というより広場と言った方がいい老若男女が自由に集う大衆が食堂と言った感じの所である。
何度でも行ってみたい場所である。ここではその場であぶってくれるカツオのたたきが絶品でいうことなし。
高知市の中心に位置し高知城から徒歩2分、日曜市にも隣接した観光施設となっている。
土佐を味わう飲食店、活きのいい鮮魚店、ユニークな雑貨店・・・
様々な個性・特長を持つ60以上の店舗が集まり、市場というより大いににぎわう「屋台村」といった雰囲気である。
市場内で購入した飲食物は約400席に及ぶテーブルとイスの設けられた広場・通り・横丁で自由に食事ができる。
高知に行かれたら是非お勧めである。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-12-12 18:11 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

芋ケンピ「水車庵」のイルミネーション20171211

芋ケンピ「水車庵(みずぐるまや)」のイルミネーション20171211



高知には四万十町と四万十市がある。
多分四万十町の方の命名が早かったのではないかと思う。私の記憶では四万十市は元々中村市だったと思う。
さてその四万十町を通過した時カラフルなイルミネーションを目にした。
早速停めてこの素晴らしい情景の先に、水車庵(みずぐるまや)という高知では有名な「芋ケンピ」の会社であった。
大好きなケンピを大量に買い込んだのは勿論である。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2017-12-12 17:49 | (風情)日本の四季 | Comments(2)