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西国12番札所「岩間山 正法寺」20180628

西国12番札所「岩間山 正法寺」20180628



岩間寺(通称)は正しくは「岩間山正法寺」という。

西国三十三所観音霊場第12番真言宗醍醐派のお寺で、他に ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第4番札所、びわ湖百八霊場第2番札所(湖西2番札所)、勢多川三山霊場となっている。
京都・滋賀の県境にある標高443mの岩間山頂付近にある。
元正天皇の勅願寺で、加賀白山を開いた泰澄(たいちょう)大師が722年(養老6年)に元正天皇の病を法力により治した褒美として建立したことに始まる。

泰澄は加賀白山を開く途上、霊地を求め岩間山を訪れた折、桂の大樹より千手陀羅尼を感得し、その桂の木で等身の千手観音像を刻み、元正天皇の御念持仏をその胎内に納め祀り本尊とした。本尊の千手観音像は「ぼけ封じ観音」「汗かき観音」「雷除け観音」「厄除け観音」とも呼ばれる。
境内には日本随一の桂の大樹群があり、特に「長寿桂」は日本一といわれている。

また江戸時代の俳聖松尾芭蕉は、岩間寺に参籠して本尊の霊験を得、その俳風を確立したと伝えられ、本堂横の古池は「芭蕉の池」といわれ「古池や蛙飛び込む水の音」という名句を詠んだといわれている。
京都・醍醐寺の末寺の筆頭となる関係性を持ち、現在の本堂も醍醐寺理性院尭助僧正が、正親町天皇の御願を受け、1577年に建立されたものである。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-28 14:43 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(0)

松尾芭蕉「古池や…」と岩間寺史跡20180628

松尾芭蕉「古池や…」と岩間寺史跡20180628



西国12番札所の岩間山 正法寺に松尾芭蕉が訪れ詩を読んでいます。
有名な
  「古池や 蛙飛び込む 水の音」
これは誰もが知っている芭蕉の俳句ですが、このお寺で読んだことはあまり知られていないのではないかと思います。
本堂のすぐ横に小さな池がありますが、「芭蕉池」と言われています。
池をよく見ていると蛙を見つけることができます。
また「白姫龍神」というのがあります。信心すると美人になれるといういいつたえがあり、祭りも行われています。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-06-28 13:31 | (歴史)関西史 | Comments(2)

滋賀「岩間寺」(ボケ封じの寺)20180628

滋賀「岩間寺」(ボケ封じの寺)20180628



この歳になってくると「ボケ」が気になってきますが、西国12番札所の岩間寺に詣でたとき、このお寺が「ボケ封じ」のお寺でもありました。
このお寺では観音様の前に仏足石がおかれ、仏足石の下にはボケ封じ寺のお砂をうめその上に乗って目をつむりふらつかなければ…とありました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-06-28 12:59 | (寺社)関西の神社仏閣 | Comments(2)

建仁寺と塔頭(摩利支天・両足院)20180627

建仁寺と塔頭(摩利支天・両足院)20180627



建仁寺は臨済宗建仁寺派の大本山となる。

臨済宗が属する禅宗は、中国禅宗の開祖とされる達磨大師に始まり、禅宗五家(臨済・潙仰(いぎょう)・曹洞・雲門・法眼)が生まれている。

日本の禅宗は中国禅宗五家の流れを汲んではいるが、日本の禅宗(臨済・曹洞・日本達磨・黄檗・普化の各宗)が中国禅宗五家とは一致していない。例えば日本の黄檗宗は中国臨済宗の流れになる。

日本の禅宗は比較的新しく鎌倉・室町時代に興っている。

臨済宗(禅宗)は栄西が宋時代の中国に渡って学び、鎌倉初期に最初に禅の伝統を日本に伝えており、建仁2年(1202)に建仁寺を創建している。その後中国から各時代に何人もの僧によって禅宗が持ち込まれ、様々な流派が成立している。

一口に禅宗と言っても色々な流派が比較的短期間に興ったこともあり、禅宗には総本山は無く各派が大本山を名乗っている。

栄西は建仁寺の創建もそうであるが、中国からお茶を初めて日本に持ち込んだことでも有名である。

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禅居庵(摩利支尊天)は鎌倉時代後期、元国からの来朝僧、大鑑清拙正澄禅師(だいかんせいせつしょうちょう)を開基として小笠原貞宗が開いた臨済宗建仁寺派の塔頭寺院です。
禅師将来の鎮守として、境内に祀られている摩利支天
(まりしてん)は開運勝利のご利益により遠近より多く参詣者を集め、「日本三大摩利支天」の一つとして数えられています。
ご存知かと思いますが、ここの狛犬は「猪」です。


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両足院は、室町時代中期まで「五山文学」の最高峰の寺院でありました。江戸時代に入っても10世雲外東竺など当院の住持が、五山の中で学徳抜群の高僧に与えられ最高の名誉とされる「碩学禄」を授与されたこともあり、「建仁寺の学問面」の中核を担いました。ここの狛犬は完全な「ライオン」です。


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※禅宗は派によってそれぞれ大本山を名乗っています。
臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺(京都市右京区)
臨済宗建長寺派 大本山建長寺(鎌倉市)
臨済宗円覚寺派 大本山円覚寺(鎌倉市)
臨済宗南禅寺派 大本山南禅寺(京都市左京区)
臨済宗方広寺派 大本山方広寺(静岡県浜松市引佐町)
臨済宗永源寺派 大本山永源寺(滋賀県東近江市)
臨済宗佛通寺派 大本山佛通寺(広島県三原市)
臨済宗東福寺派 大本山東福寺(京都市東山区)
臨済宗相国寺派 大本山相国寺(京都市上京区)
臨済宗建仁寺派 大本山建仁寺(京都市東山区)
臨済宗天龍寺派 大本山天龍寺(京都市右京区)
臨済宗向嶽寺派 大本山向嶽寺(山梨県甲州市)
臨済宗大徳寺派 大本山大徳寺(京都市北区)
臨済宗國泰寺派 大本山國泰寺(富山県高岡市)












この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-27 11:47 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

仲間と30℃超えの中楽しくGOLF20180625

仲間と30℃超えの中楽しくGOLF 20180625



久しぶりで年寄り仲間でゴルフをやりました。
一時体調不良でおとなしくしてましたが、体調も戻りコースに出ることにしました。スコアはまあまあですが、本当に楽しいゴルフでした。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-06-25 00:16 | (仕事・学生)過去・現在 | Comments(2)

京都タワーと京都駅20180624

京都タワーと京都駅20180624



天気が良く京都駅方向を散策に出かけました。
自宅から京都駅までは普通に歩いて20分位なので大抵は西本願寺・東本願寺・ヨドバシカメラ・京都駅・伊勢丹等々を覗きながら往復する。
この日は京都駅と京都タワーに焦点を当ててみました。
京都駅はどんなイメージを持っているのかをあまり聞くことは無かったが、凄い駅という感じでデザイン・規模・芸術性・建築技術などどれをとっても、総合的に見ても超一流ではないかと、今回あらためて感じた次第です。
この日も京都の出入り口である京都駅は人でごったがえしていました。
改札口から上に目をやると見事な骨組みの天井アーチが見られ、空間の大きさには驚きを隠せない。今回は京都駅の良さを十分に伝える写真はは撮れていませんが、次はしっかり収めてきたいと思ってます。
さて京都駅に行ったら、「京都タワー」はつきものです。
そんなに高くはないし、これといった特徴があるわけでもありませんが、何故か京都駅や駅前の風景に調和しているのが気持ちよく感じます。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-06-24 16:58 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

京都駅のスクリーンに「五花街」20180624

京都駅のスクリーンに「五花街」の踊り20180624



京都には五つの花街があり「五花街」といいます。(島原は入っていない)
この五花街の合同の踊りが年一回あり、今年も6月16・17日に合同公演が行われたようです。
その踊りが京都駅のスクリーンに紹介されていました。
面白いのは、五花街(祇園甲部・先斗町・宮川町・祇園東・上七軒)それぞれが踊りなど流派・流儀が全て違っています。
それは舞妓が踊る曲「祇園小唄」もよく聞くと全部違っています。
これを知って鑑賞すると面白いと思います。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-06-24 16:20 | 京都祇園花街特集 | Comments(2)

高台寺・ねねの道・三面大黒天20180619

高台寺・ねねの道・三面大黒天20180619



なんでもそうだが、ちょっと見ぬ間にとか未だ同じか、ということがあると思う。
ねねの道を歩くとお店や建物が見る間に変わっていくことで気になるのは、歴史的建造物と思っているものがイメージが変わるくらい変化していることがある。
又最近増えてきているのは外国人向けの看板が多くなっていることである。これは観光都市京都ということでいいことだと思うがもう少し美観を考えてほしい気がしている。
外国人旅行者と言えば、マナーの悪い方がかなり多かったが、ここ一年位は急速に改善されてきているように思えるのはうれしいことである。

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by mo-taku3 | 2018-06-19 17:06 | (歴史)京都史 | Comments(2)

円山公園から八坂神社を散策20180619

円山公園から八坂神社を散策20180619



毎度おなじみの八坂神社です。
この門は朱色が見事ですが、外国人観光客には大うけのようです。
実はこの門が正門ではありません。南門がありますがそれが正門となります。
おつものこと、この門から入って本殿でお参りして円山公園に抜けますが、今回はその円山公園の風景を見た後「ねねの道」方面に向かいました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-06-19 16:49 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

京都大原「寂光院と建礼門院陵」20180614

京都大原「寂光院と建礼門院陵」20180614



寂光院の開創について、はっきりはわかっていない。

寺伝によると推古天皇2年(594年)、聖徳太子が父・用明天皇(次男説)の菩提のため開創したとされ、太子の乳母玉照姫

(恵善尼)が初代住職であったという。 

異説もある。江戸時代には空海開基説、また大原声明(しょうみょう)を完成させた融通念仏の祖・良忍が開いたとの説もある。しかし、寂光院はそうした草創伝説よりも、『平家物語』に登場する建礼門院隠棲の地としてが記憶に強い。

建礼門院徳子とは、平清盛の娘で平氏全盛時代に高倉天皇の中宮になり、安徳天皇の生母であった。

寿永4年(1185年)、壇之浦海戦で平氏が源義経率いる源氏に敗れたとき入水したが引き上げられ生き残った。その後侍女の阿波内侍とともに平家一門と高倉・安徳両帝の冥福を祈って尼となりここ寂光院で余生を送っている。

また、この寂光院の隣には建礼門院陵が隣接して建てられている。

この時期は緑も濃く静かで気持ちのいい静けさを保っている。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-14 16:02 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)