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京都の町を散歩で紹介20180730

京都の町を散歩で紹介20180730


散歩はやはり夜になる。歩くコースもあまり変わり映えしないが少しずつ角度を変えてある手はいますので、たまに発見があります。
今回発見したのは、江戸時代に建てられた「東本願寺」の裏側(西側)が城構えの石垣になっていたことです。それが見事に現存してました。
夜歩くと、燈篭・提灯・街燈など美しい景色が見られることです。
また最後の写真は、歌舞伎の発祥の「南座」ですが、耐震などで改修をしていましたが、今年の11月1日からオープンする予定のようです。

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「五条大橋」

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「宮川町花街の様子」

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建仁寺塔頭「摩利支尊天」
狛猪が特徴

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建仁寺の東門(正門)と伽藍。
平重盛が贈ったとされている。

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もうすぐオープンの河原歌舞伎の発祥地とされる、「南座」。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-30 18:50 | Comments(2)

「マイ・ブログ」のメンテナンスについて

マイ・ブログ」のメンテナンスについて


カテゴリからの検索がし難いということがあり、大量のデータになりますが、今後のことを考えて思い切ってカテゴリをの再編成を行うことにいたしました。
新しいデータから徐々に始めています。
ご迷惑をおかけすると思いますが何とぞよろしくお願いいたします。









この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-30 10:22 | 個人関係情報 | Comments(2)

祇園祭「還幸祭を待つ神輿」20180724

祇園祭「還幸祭を待つ神輿20180724



17日の先祭りの山鉾巡行で露払いが行われた後、舞殿から引き出され氏子地区を神輿三基それぞれが氏子地域を回り、四条寺町の御旅所に鎮座し神幸祭が終わりました。そして24日の後祭りの山鉾巡行による露払いの後、還幸祭として氏子地域を回り八坂神社の戻り舞殿に戻ります。その後秘かに神事が行われ神殿に御霊がもどります。
今年は伝統を超える変事がありました。
それはあまりの暑さに、年寄り・子供が多く・着物姿も多いため「花笠巡行」が中止泊まりました。少し寂しいですがこの暑さですから納得する以外ありません。
以下に四条寺町の神輿の状態です。
(ちなみに神輿が鎮座した場所は、普段「お土産物屋」に使われています。」

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-24 12:39 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

祇園祭「後祭り時の京都の様子」20180724

祇園祭「後祭り時の京都の様子」20180724



熱波は続く京都の祇園祭・後祭りが行われましたが、暑さのせいか地元の方は家を出ず、観光客は山鉾巡行に行ったらしく、京都の繁華街を同じころリポートしてみると、四条通・寺町通・錦市場はこんな感じでした。(お昼頃の写真です。)

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-24 11:47 | (風情)京都・関西 | Comments(2)

祇園祭「後祭り巡行」20180724

祇園祭「後祭り巡行」20180724



祇園祭「後祭り」は大船鉾の復活とともに復活したことはご存知の方も多いと思います。元々、後祭りはありましたが、諸事情により17日の山鉾巡行一本に絞られた経緯があります。後祭りの山鉾町は復活を狙って準備を進めてきたわけです。
したがって、大船鉾がどうしても主役になります。
ということで、後祭り巡行は「大船鉾」を中心にのせました。(悪しからず!)

今年は異常気象により京都は38℃超えに猛暑日はもう一週間以上続いています。
熱中症で倒れる方もおり、子供・お年寄り・着物姿が多い「花笠巡行」が中止となりました。残念でしたが、いい判断をされたと思っております。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-24 09:29 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

祇園祭「後祭り宵宮」お宝満載20180723

祇園祭「後祭り宵宮」お宝満載20180723



祇園祭後祭りの唯一の「鉾」が「大船鉾」です。この鉾ができたのを機に先祭りから分離された「後祭り」が復活しました。
後祭りは夜店もなく見学するには最高です。
この日(7月23日)は宵宮でかなりの人の出がありましたが、しっかり各山鉾町のお宝の展示を見て回りました。
後祭りは 10基+ワン で鷹山だけがそのワンでの披露となっており、山が未だに再興ならずにいます。
それでは主な山鉾の宵宮の状況をご覧ください。

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以上が「大船鉾」です。以下は南観音山です。


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「北観音山」です。


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「橋弁慶山」です。


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「鯉山」です。


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「役行者山」です。


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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-23 18:15 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

丹波古刹第5番「石龕寺(せきがんじ)」20180711

丹波古刹第5番「石龕寺(せきがんじ)20180711



石龕寺(せきがんじ)の縁起 (石龕寺駒札より)は、
寺伝によると、用明天皇の丁未の年(587)聖徳太子の開基と伝えられ、聖徳太子が深く帰依した毘沙門天を本尊としている。

鎌倉から室町にかけて隆盛、足利尊氏とその子義詮がこの地に身を寄せたことが記されており、当寺が足利氏とゆかりが深い事が伺える。

その後このお寺も他の古刹と同じように、明智光秀の丹波侵攻(16世紀末)の際、山門を除いて伽藍悉く灰儘に帰しており、以来歴代住職・檀家や信徒の尽力により復興されてきた。

寺号の「石龕(せきがん)」とは、仏像などを安置する石窟を意味する。本堂から登ること約800mの先に奥の院があり、その石窟が石龕寺の寺号の由来となっているという。
慧日寺は長い杉並木の参道であったが、ここ
石龕寺は常勝寺と同じく長い階段の上に本堂がありその左手に薬師堂があった。
ここの本尊は「毘沙門天王」である。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-07-18 14:37 | (巡礼)その他 | Comments(2)

丹波古刹第4番「常勝寺(じょうしょうじ)」20180711

丹波古刹第4番「常勝寺(じょうしょうじ)20180711



「丹波古刹第4番 常勝寺」は、法道仙人が大化年間(645~650年:孝徳天皇の御代)に七堂伽藍が建てられたのがはじまりと言われている。
その後、本堂および諸堂が建てられたが兵火や火事で喪失してきた。その中でも、明智光秀による丹波せいとう侵攻(1575年)での影響は大きく、伽藍悉く灰儘とかしたとある。
元禄十年(1697年)良海法印によって本堂が修復された。御本尊は千手観世音菩薩(秘仏)。毎年211日に行われる鬼こそには「家内安全」「無病息災」を願う参拝客で賑わう。桜、紅葉、石段脇の石仏など、四季の情趣に恵まれた丹波の古刹の山寺である。
さて、お寺の入口は仁王門となる。この門から上を見上げると350段の長い石段となっており、その先が本堂になる。参道の石段の中ほどに、本坊(慈眼院)がありご朱印はここにあるので、一瞬悩むが、もう一度気合を入れててっぺんの本堂をめざす。
本堂にたどり着くと晴れ晴れしさが後から起こってきたのが気持ちいい。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-07-18 13:30 | (巡礼)その他 | Comments(2)

丹波古刹「慧日寺」の内陣・庭園20180711

丹波古刹「慧日寺」の内陣・庭園20180711



杉の木に囲まれた長い参道を抜けるとぽっかり明るい場所があらわれ山門に突き当たる。そこが慧日寺であるが一見静かななかに鳥の鳴き声が響き、茅葺のお堂が幾つか目に入る。
お寺の縁起は別にお紹介するが、ご朱印をいただくときに内陣・庭園を後でご案内しますと言われたので、お言葉に甘えて伺ってみた。
さすがに古刹だけあって庭園があり、そびえる様な石を配置した借景があり、本堂と庫離を結ぶ渡りとその横に坪庭があり、内陣にはいくつかのお宝らしきものがあった。丁寧な説明を受け貴重な時間をいただけた感じがした。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-07-18 13:10 | (歴史)関西史 | Comments(2)

丹波古刹第3番「慧日寺(えにちじ)」20180711

丹波古刹第3番「慧日寺(えにちじ)20180711



「丹波古刹十五ヶ寺霊場」というのがあり、2003年にこの集印帳(朱印帳)手に入れたようだ。手に入れた経緯は覚えていないがこの年にこの中の2つのお寺に行っているのでその時だと思う。

今回、この霊場の第3番「慧日寺」、第4番「常勝寺」、第5番「石龕寺」に行ってきた。

さすが古刹だけあって歴史を感じさせる。こんな立派なお寺があったとは…。

まず、丹波古刹第3番「慧日寺」に行ってきた。このお寺は、篠山川沿いに建つ臨済宗の寺である。室町時代、1375(永和元)年に(管領)細川頼之(よりゆき)・頼元により建立された。

一本山として末寺46カ寺、塔頭(たっちゅう)16坊が存在したと伝えられる。

しかし、1575(天正3)年に明智光秀の丹波征討の兵火にあい焼失する。しかし、寛永年間(162444)・慶安年間(164852)に再建が進められ、現在の仏殿・方丈・鐘楼などは元禄年間(16881704)以降、(一説によると1718(享保3)年)に再建されたものという。

7通保管される朱印状は寺領確認を示しており、徳川8代将軍吉宗より14代将軍家茂まで7代に渡って下付されたものである。
現在は、山を背景にした本堂の立派な茅葺き屋根や庭園が、のどかな風情を醸し出している。更にお寺では整備を進めてきており、境内はきれいに整備されており非常に気持ちがいい。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-07-18 13:00 | (巡礼)その他 | Comments(2)