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<   2018年 12月 ( 27 )   > この月の画像一覧

八坂神社は正月準備20181223

八坂神社は正月準備20181223



今年もあとわずかになりました。
神社でも初詣や催事に備えて準備に余念がありません。
八坂神社も同様に準備を行っていました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 11:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

清水坂(一寧坂・二寧坂・参寧坂)20181223

清水坂(一寧坂・二寧坂・参寧坂)20181223



桜や紅葉の季節はこの3つの坂道は混雑する。しかし、バスでの団体客が多いせいか意外と空いていて歩きやすい。
ここを通るとどうしても三年坂の角の唐辛子家三位目がいってしまう。店頭に商品が沢山並べられていました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 10:30 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

清水寺の諸堂・旧跡20181223

清水寺の諸堂・旧跡20181223



清水寺には、諸堂・旧跡が残されている。
とくに有名なのは、勤王僧侶の月照・信海兄弟である。
この兄弟は、幕末清水寺の「成就院」住職で勤王の僧侶として活躍したが、安政の大獄に合い、兄・月照は薩摩に逃げる船の中から、西郷とともに身を投げて死亡。弟・信海は月照の後を継ぎ成就院の住職となったが、やはり捕えられて死刑となってしまった。(このとき西郷も島流しにあっている。)
又、堂宇としては、大講堂・中革堂・成就院を載せてみたが、過去奥の院にあった、如意輪観音を祀る「地蔵院善光寺堂」が仁王門の左手前に建っている。あまり注目する人はいないようだが由緒正しいお堂である。
この他、維新の廃仏毀釈時に周りのお寺から捨てずにあずかった、五百羅漢がある。


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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 09:59 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

「清水寺」は今日も賑やか0181223

「清水寺」は今日も賑やか0181223



久し振りに「清水寺」に行ってきた。できるだけ早い時間でないと混むのではと思い、9時過ぎについたがもうこれだけの人が来ていた。
清水寺にはバス専用の駐車場があるが、ここも満杯でこの紅葉が終わった時期でも、京都では抜群の人気の様だ。私は本堂が工事中ということもあり、入山しなかったが、ここは見るところが沢山あるので周りを一回りして写真を撮ってきた。
赤がきれいですね。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 09:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

清水寺への道20181223

清水寺への道20181223


清水寺への主たる参道は、現在の清水道ではないかと思っている。その理由は昔から五条大橋を渡って上るとあるからです。
現在の五条大橋は、実は豊臣秀吉の指示で以前と違うところに引かれたもので、昔からの五条大橋は現在の松原橋と言われている。この橋は現在も「松原五条橋」で松原通が元の五条通だそうである。
となると五条通の延長上にあるのが清水道となるのはわかる。
坂道はかなりきついが、参寧坂との合流点の手前にある、大きなバスの駐車場みると、このように満杯であった。合流してからその先は沢山の人出でびっくりである。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 09:10 | (紹介記事)京都 | Comments(4)

小野篁の命日(六道珍皇寺)20181223

小野篁(たかむら)の命日(六道珍皇寺)20181223



小野篁(802年〜852年)は、嵯峨天皇につかえた平安初期の官僚で、武芸にも秀で、また学者・詩人・歌人としても知られている。小野家と言えば妹子など沢山の有名人を抱える名家であるが、篁も閣僚級である参議という高位にまでなった文武両道に優れた人物であったが、奇行が多く、遣唐副使にも任じられた時も、大使の藤原常嗣と争い、嵯峨上皇の怒りにふれて隠岐に流罪されたこともある。

また、閻魔庁(冥土)につとめていたという奇怪な伝説がある。昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁の役人ともいわれている。その小野篁が冥土へ通うのに使ったといわれる井戸が、ここ六道珍皇寺の本堂背後の庭内にある。
丁度この日は、小野篁の命日といわれ、法要の後特別のご朱印がもらえるということで沢山の人が並んでいた。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-12-23 09:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

鴨川の様子20181223

鴨川の様子20181223



今日は雨模様ですが、しっとりとした京都に似合う鴨川のふうけいでした。
鴨川の土手には何かわからないが、茶色に焼けた残り紅葉というようなこんもりとした木があった。やはり鴨川を眺めていると画になります。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 08:50 | (風情)京都・関西 | Comments(4)

皇居拝見20181113

皇居拝見2018111


初めて皇居の中を巡ってきました。
明治になって江戸の町が東京の町になったところです。
東京とは、東の京(みやこ)という意味ですが、今でも日本の京(みやこ)は京都ということのようです。
都を遷すときは遷都と言われますが、天皇が詔を発して遷都されます。しかし未だに東京に遷都されたとはなっていません。というのも、詔が出ていないからです。
今年(平成30年)の大河ドラマ「西郷どん」でも武士の意地が最後に現れていますが、武士の牙城である江戸城に天皇が入って御親政を行うことが、新しい日本を築き上げることになったということのようです。嫌がる天皇を行幸と偽って江戸に移した、大久保の見る目は素晴らしいことで、奇跡的な変革にもつながった日本の歴史上の「奇跡(大革命)」と言えると思います。
さてその江戸城に初めて私も足を踏み入れてみました。
感想を言いますと、徳川家の軌跡が全くなく、殺風景な景色を見ているようでした。江戸城址というものを見てきたという印象が殆ど無いということはどうゆうことなんでしょうね。
外から見た、石垣の江戸城と皇居内の風景があまりにもギャップが大きかったように感じています。


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大手門。


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天守跡から見た本丸ですが今はこのように庭園と化しています。

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江戸城の軌跡として感じた、「多門櫓」です。

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再興された百人長屋。

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広大な二の丸庭園です。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-21 09:24 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

皇居(江戸城)めぐり「天守閣跡」20181113

皇居(江戸城)めぐり「天守閣跡」20181113



皇居は、天皇陛下居住区域・宮内庁関係施設を除いてほぼ全域が開放されております。
丁度入る機会があり、天守・本丸・二の丸庭園・大手門各跡をほぼ巡ってきました。
その中で天守跡を見学してきましたが、現在本丸はありません。
旧江戸城は3度の大火に会いともに天守は焼けたようです。
天守は、慶長(1607)・元和(1623)・寛永(1638)と3度再建されましたが、明暦の大火(1657)で寛永の天守が焼けた後、基礎を作った(現在の姿)が、天守不要論が起こり、結局再建されないままに現在に至っているようです。
天守跡の石組の基礎を見ると大きな立派な天守が建っていたことをうかがわせています。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-20 21:23 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

築地場外市場の相変わらぬ賑わい20181219

築地場外市場の相変わらぬ賑わい20181219



東京中央卸売市場が豊洲に移りしばらく経ちますが、引っ越し元の築地市場に行って見ました。中央卸売市場はすでに取り壊しが始まっていますが、場外市場は活気あふれる様子は以前と変わらず、特に外人客が大勢詰め掛けているようでした。
今見る限り場外市場を中心に活況を呈している様子はこの通りですが、果たして豊洲の様子はどのようかは興味があります。
機会を見つけて行って見たいと思っております。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-19 12:05 | (紹介記事)全国 | Comments(0)