この3月までお世話になったOB社の懇親会が京都ありました。芸妓さん(つね有)も参加していただき盛り上がりました。
焼き鳥屋さんでたっぷり詰め込んで、芸妓さんのお店へ・・・。
楽しいひと時でした。(ちなみに私も参加してますがカメラマンでした。)







この項 <完>
▲ by mo-taku3 | 2019-05-31 20:32 | (仕事・学生)過去・現在 | Comments(2)







▲ by mo-taku3 | 2019-05-31 20:32 | (仕事・学生)過去・現在 | Comments(2)








▲ by mo-taku3 | 2019-05-30 17:23 | (歴史)京都史 | Comments(2)





▲ by mo-taku3 | 2019-05-30 17:00 | (紹介記事)全国 | Comments(2)










▲ by mo-taku3 | 2019-05-30 16:51 | (風情)京都・関西 | Comments(2)







▲ by mo-taku3 | 2019-05-30 11:03 | (紹介記事)京都 | Comments(2)
源高明は醍醐天皇の皇子で、西宮左大臣と呼ばれており、「拾介抄(しゅうがいしょう)」には「姉小路北西洞院東高明親王家」と記されている。
ここは、保元の乱(1156年)では後白河天皇の本拠地となり、源義朝や平清盛らの軍勢がここに参集して、崇徳上皇方の白河北殿へ攻め込んだことは有名である。
その後、平治の乱(1159年)で高松殿は焼失するが、神明社のみが残っている。
境内には、地蔵尊、金比羅神社をはじめとする末社があったが、幕末の蛤御門の変による大火によりことごとく焼失した。
境内には神明地蔵尊「幸村の知恵の地蔵尊」がある。これは、1794年に紀州九度山の伽羅陀山真田庵に安置してあった真田幸村の念持仏を拝領してきたものという。地蔵堂の台石をさすり、子供の頭をなでると知恵が授かると信仰されている。
明治初めまでは寺院と神社が一体で、高松神明宮宝性院という神宮寺であったが、神仏分離令により宝性院は廃寺となり、高松神明神社だけが残り現在に至っている。






▲ by mo-taku3 | 2019-05-27 16:23 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)










▲ by mo-taku3 | 2019-05-23 16:40 | (風情)京都・関西 | Comments(2)
▲ by mo-taku3 | 2019-05-23 16:20 | (風情)京都・関西 | Comments(2)
▲ by mo-taku3 | 2019-05-23 16:10 | (風情)京都・関西 | Comments(2)
▲ by mo-taku3 | 2019-05-23 16:00 | (風情)京都・関西 | Comments(2)
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