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京都東山(今出川~知恩院古門)20190518

京都東山(今出川~知恩院古門)20190518



東山通り今出川から白川知恩院古門までを歩いてみました。
今出川から丸太町通りにかけて東山通りの近辺は京都大学の施設でぎっしりですが、ふと目に着いたのは「京都大学総合博物館」というロゴでした。
何か面白いものを展示してあるかと思い入っていくと、後5分で閉館とのこと。出直そうと思って何か珍しいものを展示してありますか?と質問すると、特にありません!との返事でしたと、パンフレットをくれました。
出直しますと言って、出てからパンフレットを見て見ると、色々貴重な展示があるようでした。すっかり出鼻をくじかれた感じでした。
その後、東山通りを下って三条で白川沿いを歩くと、

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更に白川には幅の狭い「一本橋」が幾つか架かっております。

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明智光秀の「首塚」があります。

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光秀首塚から少し東にそれていくと、「得浄明院」というお堂があり、「信州善光寺別院、華頂宮御殿址」という表示がありました。そういえばこの辺りは華頂学園の学校が連なってあります。華頂学園とはてっきり知恩院の華頂山のことかと思いましたが、この華頂宮も関係していたのでしょうね。
ちなみに「華頂宮」とは、伏見宮家邦家親王の12子である「博経親王」によって、慶応4年(1868年)に創設された宮家で、三度にわたって断絶の危機を繰り返しています。


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白川の一本橋は、複数ありますが、もっこ橋とか行者橋とも場所によって呼ばれています。

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知恩院の「古門」です。白川に架かっている現在の橋は、元々の橋ではないようで、今の橋の少し下流に古い橋が現存しております。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-18 16:22 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

尚徳諏訪神社(京都)20190516

尚徳諏訪神社(京都)20190516



尚徳諏訪神社は京都にある神社です。
由緒は、桓武天皇から蝦夷平定のために征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が、長野の諏訪大明神を深く信仰しており、そのおかげで無事に蝦夷を平定できたことから、延暦20年(801年)に諏訪大社から祭神をここに勧請(かんじょう)したのが始まりです。
祭神は、建御名方神(たけみなかたのかみ)、八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)で、
建御名方神は諏訪大明神と同じ出雲の神様です。

その後荒廃するが、文治2年(1186年)に源義経が神域を広げ復興した。 しかし、建武年間(13341336年)に兵火に遭い焼失したが、足利義満が神馬を奉納して復興しています。 また、江戸時代に入ってからも徳川幕府の援助によって、社殿の復興が行われている。元治元年(1864年)の蛤御門の変の際にも焼失したが、孝明天皇から150両と菊の紋入りの提灯一対を賜り、慶応2年(1866年)に再建されている。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-16 16:53 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

西本願寺とお寺を守る銀杏の木20190516

西本願寺とお寺を守る銀杏の木20190516



大好きな京都西本願寺の「銀杏の大木」の様子を見に行ってきました。 昨年の台風の影響でかなり影響を受けましたが、上手く剪定も出来たせいか葉をつけると青々とした融資を見せていました。
銀杏は火があたると水を吹き出すため、寺社にはこの木が多くみられます。
事実、京都の大火があった時この木のおかげで火事を防げたとの言い伝えがあります。次は秋の紅葉を楽しみにしましょう!

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-16 11:06 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

淡路SA「ハイウェイオアシス」からの展望20190511

淡路SA「ハイウェイオアシス」からの展望20190511



5泊6日の四国香川県の霊場巡りと、小豆島・金毘羅さんの観光を兼ねた旅行も、最後の行程となりました。宿泊は5泊とも高松市のホテルで、そこを基点に行動していましたが、帰りは高松自動車道から神戸淡路鳴門自動車道を通ってきました。
淡路島にはたまに出かけますが、必ずと言っていいほどこの「淡路サービスエリア(ハイウェイオアシス)」には寄ります。
ここは特に夕方が絶景ですが、昼間でも瀬戸内海の島々・神戸などをのぞめ、素晴らしい景観が見られます。 また、恋人の聖地なるものもあり、沢山の人、特に若い方々には人気があるようです。
買い物は定番の玉ねぎなどです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 16:00 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

淡路産直「赤い家」と「たこせんべいの里」20190511

淡路産直「赤い家」と「たこせんべいの里」20190511


淡路産直の店「赤い家」という看板があり、道の駅のような建物があり、農産物やそのた淡路さんの食料が比較的安価で販売していた。
好物の玉葱をたくさん買い込んできました。
駐車場から向かい側を見ると「たこせんべいの里」という新しい大きな建屋があり、沢山の人が出入りしていたので、タコセンも好きな我々のぞいてみた。
結局ここでも大量な買い物をしてきてしまった。
家内は満足だったようです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 15:07 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

洲本城跡(淡路島)と天守台からの風景20190511

洲本城跡(淡路島)と天守台からの風景20190511



洲本城(すもとじょう)は淡路島の兵庫県洲本市にあり、標高132mの平山城で、国指定史跡となっています。別名は三熊城で、続日本100名城にも選ばれています。

最初の築城は定かではありませんが、戦国時代の1526年(大永6年)に淡路国の安宅治興(あたぎはるおき)が築城したようです。

安宅家は水軍で、安宅治興は三好家に臣従しました。
その当時の洲本城は、淡路島に8箇所あった支城のひとつにすぎませんでした。

その後、仙石秀久・脇坂安治と変わり、脇坂氏の代で洲本城の改修が開始され、連結式の天守が造営されたと考えられています。 また、本丸の北側に天守台があり、大天守台と小天守台の2つの天守台がつなぎ櫓台で結ばれている連結式天守の構造となっていたようです。中でも特筆は、石垣が「登り石垣」となっており、これは、朝鮮攻めの際に倭城での経験から採用されたようです。

写真でもわかる通り、代々の城主は水軍であったこともあり、天守に登ると洲本の港の出入りが手に取るようにわかります。これを見ると少々きつい坂を上ってきたのは忘れるくらいでした。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-11 12:52 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

おのころ島神社(日本神話の発祥地)20190511

おのころ島神社(日本神話の発祥地)20190511



古事記・日本書紀に乗っている国生み神話は、どこを指すかの説は数多くあります素が、その一つとして「日本発祥の地」と言われる「おのころ島神社」が淡路島の「南あわじ市」にあります。この神社は、国産み神話に出てくるご存知の、イザナギ、イザナミ2尊を祀っている場所ということだそうで、興味があったので寄ってみました。
この神社は、国産み伝説以外に2つ大きな特徴があります。

一つは、鳥居がとても大きく、平安神宮、厳島神社と並び「日本三大鳥居」の一つであることです。昭和573月に建立された、高さ21.7mの朱塗りの鳥居です。

もう一つは、「ここでお守りを買って持っていると願いが叶う」と言われていることです。特に縁結びには強い力を持ち、ここのお守りは芸能人の方もよく買いに来るそうです。
「おのころ島神社」から徒歩で数分の場所に、「天の浮橋」もあります。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-11 11:00 | (寺社)関西の神社仏閣 | Comments(2)

高松城旧松平家高松別邸「披雲閣」20190511

高松城旧松平家高松別邸「披雲閣20190511



江戸時代にもこの場所に、約2倍の規模で政務が行われる場所、藩主が生活する場所として「披雲閣」という名前の御殿がありました。現在の披雲閣は、明治維新後、老朽化を理由に取り壊された旧披雲閣を高松松平家の12代当主賴寿伯爵が大正3年に再建に着手し、3年余りの歳月をかけ大正6(1917年)に完成したものです。当時の新聞記事には「壮麗目を奪う」「瀬戸内海の一大建造物」といった見出しが躍りました。
この建物は松平家の別邸として建てられましたが、その一方で、香川を訪れる賓客をもてなす迎賓館としての役割も持ちあわせていました。建築的特色としては、伝統を踏まえた意匠は近世以来の正統的書院造としていささかの破綻もなく、伝統技術と洋風技術が見事に融合された構造となっています。
さらに披雲閣は、規模も大きく、一部改変はあるものの保存状態もよく当時の様相を伝える非常に高い価値を有するもので、平成24年7月9日には国の重要文化財に指定されました。文化財の指定後も貸館としての業務を続けており、市民に親しまれる文化財としてこれからの活用が期待されています。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-11 10:30 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

高松城「本丸天守閣址と鞘橋(さやばし)20190511

高松城「本丸天守閣址と鞘橋(さやばし)20190511



高松城は明治維新の廃城令により取り壊されています。天守閣はこの時取り壊され、天守台のみが残っている。
築城は1588年豊臣秀吉によってこの土地を与えられた生駒親正によってなされ、その後松平頼重(水戸光圀の兄)は入り幕末まで続いている。
生駒氏は四代目の高俊の時お家騒動があり、領地没収で堪忍料として1万石を与えられ、出羽国由利郡矢島に流罪となった。
松平氏に代わって城の修復が行われたが、この鞘橋は当初欄干橋とあったが、江戸時代後期に屋根付きの欄干橋他なったようである。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 09:50 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

高松城址(玉藻公園)20190511

高松城址(玉藻公園)20190511



今回は四国霊場巡り、最後の香川県の66~88番札所を回る予定が主目的で5泊6日を予定しました。香川県は空海の生誕地ということもあり、大きな寺院や密教の寺としての厳しい参道などがあり、ケ-ブル・ロープウェイがあり、しっかり時間をかけて回る必要を感じていました。
それでも3日あればほぼ回れると思い、2日は予備日または観光用として考えていました。観光は「小豆島」・「金毘羅宮参詣」を計画予定通りいくことができました。そして今日は最終日として、最初に出かけたのは「高松城址」です。
広い敷地に石垣・天守台・屋敷・庭園と立派なお城だったことが伺えました。
面白いのは、海との繋がった水城だったことか、お堀には沢山の海水魚が群れていました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 09:34 | (紹介記事)全国 | Comments(2)