人気ブログランキング |

<   2019年 07月 ( 44 )   > この月の画像一覧

豊臣秀吉の廟所「豊国廟」20190730

豊臣秀吉の廟所「豊国廟20190730



豊国廟は豊臣秀吉の墓所である。豊臣秀吉の死後間も無く作られた豊国廟は、現在の京都市東山区阿弥陀ヶ峰の太閤担といわれる広場のところである。

慶長3年(1598)8月18日、秀吉は63歳で伏見城でなくなりましたが、遺体は、遺命により、ここ阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)中腹に葬られ、墳上には祠廟、山麓には社殿が建立された。翌年4月18日、遷宮式が行われ、後陽成天皇から正一位豊国大明神の神階と神号を賜り、以後、毎年盛大な祭礼(豊国祭)が取り行われた。しかし、元和元年(1615)豊臣氏の滅亡と共に、家康の命で廟は破壊されている。
しかし、明治30年(1897)、秀吉の300年忌に際し、廟宇が再建され、墳上には巨大な五輪石塔が建てられている。
京都博物館の南西角に「大仏交番」というのがあります。

調べて見るとこの大仏というのは、京都大仏(方広寺の大仏)の名残を表しているそうで、実はこの京都博物館も含め、現在の方広寺・豊国神社東一面(阿弥陀ヶ峰まで含み)は方広寺・豊国神社の境内だったそうです。広大な土地だったんですね。そして奈良東大寺の大仏よりも大きい大仏・大仏殿が、現在の豊国神社の真後ろあったようで、遺跡跡地の説明がなされています。
山麓の社殿は今は残ってませんが、これも立派だったようです。

さて、現在の廟塔に登るには少々骨が折れる、約600段弱の階段を踏破しなければなりません。

e0237645_15145109.jpg


e0237645_15145103.jpg


e0237645_15145179.jpg


e0237645_15145110.jpg


e0237645_15145289.jpg


e0237645_15145287.jpg


e0237645_15154771.jpg


e0237645_15154739.jpg


e0237645_15154816.jpg


e0237645_15154802.jpg


e0237645_15154873.jpg


e0237645_15154859.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-30 15:30 | (歴史)京都史 | Comments(2)

新日吉神宮(いまひえ:京都)20190730

新日吉神宮(いまひえ:京都)20190730



永暦元年(1160)、後白河法皇が、その御所法住寺(ほうじゅうじ)内に比叡山東坂本の日吉山王(ひえさんのう)7社(日吉大社)を勧請したのが当社の始まりである。祭神として、後白河法皇のほか、皇居守護神山王七柱を祀り、酒造、医薬、縁結びの神として信仰を集めている。
当初は智積院南側に創建されたが、元和元年(1615)、豊国廟社(びょうしゃ)の破毀(はき)とともに旧廟前に移り、更に、明治30年(1897)にこの地に移った。
社殿は応仁の兵火で焼け、その後しばしば増改築が行われたが、現在の本殿は、天保6年(1835)の改造で、大きな流造(ながれづくり)である。
古くから朝廷の崇敬が厚く、上皇の御幸(ごこう)は108度に及んだといわれ、数多くの天皇の遺物、宸筆を蔵している。また、寛政10年(1798)に妙法院から境内の樹下社(このもとのやしろ)に寄進された。また、長谷川等伯筆と伝わる豊臣秀吉の肖像が保存されている。
なお、江戸後期の小沢蘆庵(おざわろあん)をはじめ、多くの文学者の本など近世文学の資料を蘆庵(ろあん)文庫の名で宮司家が保存している。(駒札に準拠)



e0237645_15054229.jpg


e0237645_15054261.jpg


e0237645_15054275.jpg


e0237645_15054253.jpg


e0237645_15054259.jpg


e0237645_15054301.jpg


e0237645_15054386.jpg


e0237645_15054316.jpg


e0237645_15101806.jpg


e0237645_15101899.jpg


e0237645_15101989.jpg


e0237645_15101966.jpg


e0237645_15101943.jpg


e0237645_15101967.jpg


e0237645_15101944.jpg


e0237645_15101920.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-30 15:03 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

京都智積院(根香寺智積院の再建)20190729

京都智積院(根香寺智積院の再建)20190729



智積院の歴史は複雑で、紀州にあった根来山大伝法院(根来寺)の塔頭でした。

この根来衆の鉄砲は有名で、石山本願寺と信長との戦いでも信長を悩ましました。秀吉の天下となってから秀吉は和歌山(根来・雑賀)を平定して、その時点で智積院は根来攻めで抵抗後、高野山に退避した経緯があります。
その後十数年再興がならずにいたが、関ヶ原の戦い後、徳川家康方が勝利した翌年の慶長6年(1601)東山の豊国神社(豊臣秀吉が死後「豊国大明神」として祀られた神社)の付属寺院の土地建物が与えられ、ようやく智積院は復興した。その後更に14年後豊臣家が滅びると、隣接地にあった豊臣家ゆかりの禅寺・祥雲寺(亡くなった秀吉の子(鶴丸)の寺)の寺地を与えられてさらに規模を拡大し、山号を現在も根来に名を残す山「五百佛山」、復興後の智積院の寺号を「根来寺」とした。現在、智積院の所蔵で国宝に指定されている長谷川等伯一派の障壁画は、この祥雲寺の客殿を飾っていたものであった。

丁度家康の豊臣色の一掃の一翼を担った形になったが、智積院との利害が一致したと言っていい。



e0237645_00582373.jpg


e0237645_00582354.jpg


e0237645_00582340.jpg


e0237645_00582456.jpg


e0237645_00582454.jpg


e0237645_00582441.jpg


e0237645_00582491.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-30 14:55 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

京都下京区を中心に散策20190729

京都下京区を中心に散策20190729



やっと梅雨も明け、本格的な夏に突入しました。
この日は暑いけども近所(下京区)を散策してみました。

まず、五条大橋に向かい橋から鴨川上流を見るとこの日は比叡山がよく見えていた。雨の後の空気が良かったからだろう。

e0237645_00510720.jpg



e0237645_00510761.jpg


そこから、東山区の建仁寺の方へ足を進め、塔頭の禅居庵でお参りを済ませ、…


e0237645_00510737.jpg


e0237645_00510796.jpg


お茶屋街に行くと恒例の花燈篭が置かれていた。


e0237645_00510799.jpg


e0237645_00510831.jpg


建仁寺に戻り、沢山の観光客を見ながら、


e0237645_00515831.jpg


e0237645_00515809.jpg


一挙に仏光寺まで戻ると、朱いサルスベリが咲いていた。


e0237645_00515817.jpg


e0237645_00515856.jpg


更に南に下って一気に東本願寺に出て、いつものようにハスの花を眺め、


e0237645_00515877.jpg


e0237645_00515863.jpg


東本願寺の城構えの跡を写してきました。

e0237645_00524972.jpg


e0237645_00524955.jpg


e0237645_00532897.jpg




e0237645_00524927.jpg


e0237645_00524976.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-29 15:48 | (風情)京都・関西 | Comments(2)

織田信長の墓「本能寺と阿弥陀寺」20190729

織田信長の墓「本能寺と阿弥陀寺」20190729



織田信長が明智光秀によって「本能寺の変」天正10年(1582)で亡くなったの有名ですが、信長の亡骸が見つからなかったということも同時に謎に包まれている。
しかしながら、いくつかの資料を拾ってみると色々見えてくる。
まず有名なのは本能寺である。「信長本廟」というのがあり、訪れる人も多い。この本廟は、信長の三男「信孝」が建てたものである。また、「
山崎の戦」で明智光秀を討った豊臣秀吉は織田家の中でも優位に立つため、いち早く信長の法要を行ったがその時秀吉が建立した大徳寺総見院がある。
しかし、阿弥陀寺の」「清玉上人」(織田信長の帰依を得ていたと言われる)は、
「本能寺の変の発生を知った時には、現場に駆けつけたとされている。そして明智光秀の軍勢がひしめく本能寺の中で、いち早く自刃した織田信長公を発見、その遺骨または遺灰を密かに阿弥陀寺へと持ち帰り、供養した」
と伝えられている。これが本当なら正式な墓地は阿弥陀寺ということになるようで。この話を裏付けるように、秀吉が執拗に遺骨を要求したとあり、それを拒否した阿弥陀寺は秀吉から精彩を受けたようだ。

以下に「本能寺」と阿弥陀寺を紹介する。

e0237645_15381977.jpg


e0237645_15382096.jpg


e0237645_15382077.jpg


e0237645_15382091.jpg


e0237645_15382044.jpg


e0237645_15382067.jpg


e0237645_15382069.jpg


e0237645_15391440.jpg



ここからは「阿弥陀寺」を紹介する。

e0237645_15391435.jpg


e0237645_15391468.jpg


e0237645_15391424.jpg


e0237645_15391429.jpg


e0237645_15391430.jpg


e0237645_15391514.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-29 15:35 | (歴史)京都史 | Comments(2)

JUMP SHOP in Kyoto 20190725

「JUMP SHOP in Kyoto」 20190725



京都高島屋で「jump shop in Kyoto」をやっていました。
私はアニメは全くのオンチで、よくわかりませんでしたが、集英社オリジナルグッズやアニメグッズ、コミックスやDVD、お菓子まで、ジャンプの全てが詰まった夢のお店だそうです。コスチュームが余りにもよかったので写してきました。

e0237645_22511545.jpg


e0237645_22511609.jpg


e0237645_22511682.jpg


e0237645_22511663.jpg


e0237645_22511679.jpg


e0237645_22511651.jpg


e0237645_22515975.jpg


e0237645_22515925.jpg


e0237645_22515921.jpg


e0237645_22515930.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-25 16:40 | (イベント)高校野球等 | Comments(2)

祇園祭「街の様子」20190724

祇園祭「街の様子」20190724



祇園祭は、17・24日がKEYになっています。
17日は「神幸祭」があり御神輿が八坂神社の舞殿から四条寺町の御旅所に移され、朝からは「前祭の山鉾巡行」があります。
24日は「後祭の山鉾巡行」、華やかな「花笠巡行」、夕方から「還幸祭」があり御旅所の御神輿が氏子町を回り八坂神社に戻ります。
このような行事が終わるとかなりの静けさが戻ってきます。
しかし、これで終わりではなく、7月31日まで続くのが「祇園祭」なんです。

e0237645_21550922.jpg

e0237645_21550905.jpg

e0237645_21550918.jpg

e0237645_21550901.jpg

e0237645_21550974.jpg

e0237645_21551055.jpg

e0237645_21551023.jpg

e0237645_21551040.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-07-24 18:30 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

祇園祭華やかな「花笠巡行」20190724

祇園祭華やかな「花笠巡行」20190724



花笠巡行は、後祭が前祭と一緒になったころ作られたようです。
そのせいか、巡行時間帯も後祭とほぼ一緒の時間帯となってます。見る方からすると日を分けていただきたいといつも思いますが…。どちらも魅力がありますので。
さて今日は気温も上がって34℃と最近になく暑くなり、大汗をかきながらの鑑賞でした。祇園社である八坂神社の氏子関係の人たちが総出で盛り上げており、祇園の4つの花街(祇園東・先斗町・祇園甲部・宮川町)のきれいどころも参加しており、華やかさも一層増していました。

e0237645_21211344.jpg

e0237645_21211461.jpg

e0237645_21211443.jpg

e0237645_21211495.jpg

e0237645_21211438.jpg

e0237645_21211485.jpg

e0237645_21223768.jpg

e0237645_21223812.jpg

e0237645_21223877.jpg

e0237645_21223887.jpg

e0237645_21223847.jpg

e0237645_21223852.jpg

e0237645_21241310.jpg

e0237645_21241330.jpg

e0237645_21241380.jpg

e0237645_21241329.jpg

e0237645_21241366.jpg

e0237645_21241394.jpg

e0237645_21241442.jpg

e0237645_21241465.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-07-24 10:50 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(5)

祇園祭「後祭・山鉾巡行」20190724

祇園祭「後祭・山鉾巡行」20190724



祇園祭も終盤に入りました。
今日は後祭りの「山鉾巡行」です。
後祭りは5年前に「大船鉾」の復活を機に前祭と分けて、11基が後祭としてスタートしました。そして今年は、「鷹山」が巡行に復活して、計12基の巡行となりました。後祭りの山鉾はユニークなものもあり、なかなか見ごたえのあると思います。
観衆は年々増加しているように思い、今年は特に外人観光客の多さが目立ちました。

e0237645_20553511.jpg

e0237645_20553523.jpg

e0237645_20553524.jpg

e0237645_20553577.jpg

e0237645_20553566.jpg

e0237645_20553657.jpg

e0237645_20563390.jpg

e0237645_20563357.jpg

e0237645_20563389.jpg

e0237645_20563340.jpg

e0237645_20563309.jpg

e0237645_20563375.jpg

e0237645_20575602.jpg

e0237645_20575679.jpg

e0237645_20575601.jpg

e0237645_20575666.jpg

e0237645_20575675.jpg

e0237645_20575741.jpg

e0237645_21000405.jpg

e0237645_21000474.jpg

e0237645_21000406.jpg

e0237645_21000423.jpg

e0237645_21000564.jpg

e0237645_21000537.jpg

e0237645_21013134.jpg

e0237645_21013194.jpg

e0237645_21013153.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-07-24 09:53 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

祇園祭「秘宝の家宝」を披露20190715

祇園祭「秘宝の家宝」を披露20190715



祇園祭のもう一つの楽しみな風物詩は、山鉾町の商家にお宝として保持されている秘宝の展示です。ここに載せてあるのは全てではありませんが、なかなかのもののようです。商家では虫干しを兼ねていると聞いておりますが、これを上手く展示して素晴らしい状態で見せてくれています。

e0237645_21194556.jpg

e0237645_21194517.jpg

e0237645_21194648.jpg

e0237645_21194654.jpg

e0237645_21194646.jpg

e0237645_21194683.jpg

e0237645_21205098.jpg

e0237645_21205061.jpg

e0237645_21205069.jpg

e0237645_21205099.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-07-23 16:16 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(0)