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鳥羽伏見の戦いと「城南宮」20190804

鳥羽伏見の戦いと「城南宮」20190804



京都での交通安全の一番人気の神様「城南宮」です。ここはしだれ梅が素晴らしいことで有名ですが、椿や藤など花木がきれいな庭園があるので、年2回ほど行く機会がありますが、今回は36℃越えの中時間ができたので寄ってみました。
城南宮は幕末「戊辰戦争」の鳥羽伏見の戦いでは、薩摩・長州・土佐の兵の新政府軍の陣地があったところです。その模様が駒札や図解入りの説明板が設置されています。
さて、城南宮があるところは広大な鳥羽離宮の一角にある白河上皇の「城南離宮」があったところということですが、これより先の平安遷都の際に南の守りとして建てられたということです。色々特長があるお宮さんです。
それにしても暑かったですね。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2019-08-04 15:40 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

吉祥院天満宮(道真生誕地と伝わる)20190804

吉祥院天満宮(道真生誕地と伝わる)20190804



天神さんといえばまず思い浮かべるのは、北野天満宮だと思う。特に京都以外の方は余り馴染みがないかもしれないが、「吉祥院天満宮」というのがあります。
北野天満宮に梅で有名だが、道真生誕地の痕跡はありません。ここ吉祥院天満宮は、生誕の地とはっきり明記しており、また道真のへその緒を埋めた「菅公胞衣(えな)塚」というのもある。
承平4年(934)、朱雀天皇が自ら道真の像を刻みここに社殿を築き祀ったといわれている。
京都には沢山の天満宮がありますが、他にも生誕を詠っているところがあり、往時の天神信仰はブームだったようだ。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2019-08-04 15:16 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

道元禅師(曹洞宗)示寂の地20190802

道元禅師(曹洞宗)示寂の地20190802



ここは、曹洞宗の開祖道元禅師が生涯を閉じたところで小さなスペースにひっそりと石碑が建っている。
道元禅師とは、禅宗「曹洞宗」を日本で開いた人だが、正治2年(1200)に京都で生まれ、比叡山で出家した後、建仁寺の栄西禅師の門に入って禅を学び、貞応2年(1223)に入宋した。

帰国後、建仁寺に足をとどめたが、その後、深草に興聖寺(後に宇治に移る)を建て、教化活動を続けた。晩年にいたって、権勢を逃れ、越前(福井県)の地に永平寺を創建し、釈迦正伝の仏法である坐禅の厳格な宗風を樹立したことで有名。
禅師は建長5年(1253)、病の療養のために弟子懐奘を伴って上洛し、この地(下京区高辻通西洞院西入)にあった俗弟子覚念の屋敷に滞在し、同年8月に54歳の生涯を閉じた。

場所は「京都市下京区高辻通西洞院西入永養寺町」で高辻通りに面している。



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(ご参考)道元禅師が開いた「永平寺」

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-08-02 17:31 | (歴史)京都史 | Comments(2)

圓光大師(法然)本廟・知恩院20190801

圓光大師(法然)本廟・知恩院20190801



この御廟は、「圓光(法然)上人」の遺骨を奉る廟所です。

御影堂に向かって右奥に行くと御廟に登る長い階段がある。唐門をくぐると拝殿があり、拝殿に上がりお参りすることができます。

この廟所は方三間の宝形造本瓦葺で、周囲には唐門のある玉垣がめぐらされています。

上人は建暦2年(1212)、この地にあった大谷の禅房で入滅されました。その後、門弟たちによって廟堂が建てられ、遺骨が安置されました。ただし、現在の御廟は慶長18年(1613)常陸国土浦藩主 松平伊豆守信一の寄進を得て改築されたものです。

廟堂の蟇股(かえるまた)には「雲に龍」「桐に鳳凰」「梅に鶯」「雲に麒麟」「松に鶴」「桜に鳥」「孔雀に牡丹」など、桃山様式の華麗な彫刻が施されており、上人の生涯を偲ぶにふさわしい静粛さと格調のある建物となっています。

御廟の手前には、上人の御廟にお参りするための拝殿があります。宝永7年(1710)に建て添えられた檜皮葺のお堂で、法然上人を間近に拝することができお念仏の声が絶え間なく響き渡っています。木魚が幾つも置かれています。

蟇股とは社寺建築で柱の頂部をつなぐ頭貫(かしらぬき)と軒下の桁(けた)との間や、梁(はり)上に置かれる部材を言います。

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-08-01 17:05 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

知恩院「御影堂」改築完成ほか20190801

知恩院「御影堂」の改築が完成20190801



京都東山の円山公園に隣接する「知恩院」では約8年間をかけて「御影堂」の保存修理を行い、この20193月に竣工しました。

この御影堂は明治の七百回遠忌の際に比較的大きな修理を行っていますが、それから約百年が過ぎ、屋根を始め随所に傷みが出てきており、今回の修理に至りました。

工事中、御影堂は素屋根(すやね)とよばれる仮設の鉄骨造の建物、高さは41メートルにすっぽりと覆われていましたが、それが取れて、京都観光の中心である東山の山麓において、ひときわ目立つ存在ですとなっております。

工事は3月で終わりましたが、工事完了後も仏具荘厳の搬入や堂内設備工事のため、約1年余り堂内の参拝が出来ない状態が続きます。堂内工事終了後、2020413日~15日の日程で落慶法要が行われる予定だそうです。

これで知恩院の境内もきれいになってきました。

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-08-01 16:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)