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地下鉄北山駅から岩倉(国際会館)への散策

地下鉄北山駅から岩倉(国際会館)への散策


この日は小雨日和だったが、toshi さんから教えていただいた、上賀茂から岩倉へ抜けるルートをお聞きし、北山駅から真っ直ぐ北へ進んでみた。
道は一直線に北に向かっている。

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歩道の下には疎水が暗渠となって続いており、これに沿って道が作られたのかもしれません。
未だこの辺りは比較的新しく開発された地域である。

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途中、府道40号と103号の交差するところをすぎると

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脇道に緑が見えたので、寄り道すると公園があり、梅の木が数本たわわに実をつけていた。

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この公園の梅の木の横を駆け上がると池が見えてきた。
これが天然記念物の群生生物がある、深泥池である。

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また本通りに出ると目的地の圓通寺の表示板があった。

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この道を通っていくと、病院・老人ホームを過ぎ、
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坂のてっぺんに自動車教習所があった。

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初夏なので木々の青さやお花のカラーが美しい。

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目指す圓通寺に到着。

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お寺の近くでトンボを見つけました。

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昔の焼き物の窯址が史跡として紹介されていた。

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岩倉に入ると、このような商施設の街並みがあった。

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7km位歩いてやっと地下鉄国際会館駅に到着。

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今後、機会を見つけて更に深く散策を進める機会を持ちたいと思っている。




この項 <完>

# by mo-taku3 | 2013-05-30 11:30 | Comments(0)

京都岩倉の「完熟野菜」の出荷

京都岩倉の「完熟野菜」の出荷


小雨の中、岩倉界隈を散策していると、大規模ではないが農地が結構あった。
特に芋の花が目に入ったので懐かしく思いシャッターを切った。
私は札幌出身で、子供の頃は食料が不足しており、ジャガイモが日常の食料でもあった。
だから、ジャガイモの花は直ぐ分かった。

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白はスタンダードで男爵系、ここの咲いているのはピンクで種類は分からない。

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ジャガイモの近くにはハウストマトが赤い実をつけていた。
出荷するには熟しすぎの感じだったので、ハウスに人が居たのを見つけ中に入らせていただいた。
食べるのは最高で、一ついただいて食べてみたが、“トマト!”という感じの本当に美味しいあじであった。
詳しいことは聞けなかったが、どうも特定のところにおろしているようだった。

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この項 <完>

# by mo-taku3 | 2013-05-30 10:30 | Comments(2)

国指定天然記念物「深泥池(みどろがいけ)群生植物」

国指定天然記念物「深泥池(みどろがいけ)群生植物」


深泥池(みどろがいけ)は、京都最古の自然が残る池とされている。
それは国指定の天然記念物である生物群集である。

深泥池は、独特のぬめりと風味の良さがあるジュンサイが育つ池として、灌漑用のため池として、また近代まで池周辺の森は焚き付け用の枝や落ち葉を採取する場として、この池は人々の生活に密接なかかわりを持ってきた。
しかしここは、氷河期からの生き残りとされる生物と、温暖地に生息する生物が共存しており、学術的にも貴重な池として著名であり、1927年(昭和2年)6月14日に、植物群落が「深泥池水生植物群」として国の天然記念物に指定され、その後、1988年(昭和63年)に「深泥池生物群集」として生物群集全体に対象が広げられている。また、2002年(平成14年)に発刊された京都府レッドデータブックには「要継続保護」として掲載されている。

この池は、周囲約1540m、面積約9.2haで、池の中央に浮島が存在する。
この深泥池に流入する河川はないが松ヶ崎浄水場の配水池より若干の漏水が流入している。
周囲は標高200mを下回る小高い山々に囲まれており、南西端のみが開けて低地に面している。
その形態から、およそ1万年前までに、池の南西部にできた開析谷(かいせきこく)の出口が、鴨川(賀茂川)の扇状地堆積物(砕屑物)によって塞き止められ、自然堤防の原型が造り上がって、深泥池の形状を保ってきたと考えられている。
また、この時期の最終氷期の地層から、地質調査によってミツガシワの花粉が確認された。

昭和12年に建てられ、少し傾いている天然記念物の石碑。
歴史が感じられる。

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池に浮かんでいるボートは、釣りをしているのではなく生態調査和しているとのこと。

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池の南側には「深泥池生物群集」についての説明版がある。

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池の真ん中あたりが浮島となっている。

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この方達が生態調査を行っている。

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<所在地>京都市北区上賀茂狭間町
(地下鉄 北山駅から北へ1km強)
(池の周囲の散策は自由、浮島は進入禁止)

<問合せ先>
京都市文化財保護課:TEL:075-222-4112



この項 <完>

# by mo-taku3 | 2013-05-30 10:10 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

幡枝離宮『圓通寺』(岩倉)

幡枝(はたえ)離宮『圓通寺』(岩倉)


幡枝(はたえ)離宮『圓通寺』とは、元々は後水尾天皇の山荘であった小離宮「幡枝御殿」であり、後述する枯山水庭園もその頃に造営されたものである。
修学院離宮の造営に伴って、幡枝山荘は近衛家に譲渡された。
後の延宝6年(1678年)、霊元天皇の乳母であった圓光院殿瑞雲文英尼大師が開基となって寺に改め、皇室の祈願所となった。また、開山は妙心寺10世の景川宗隆を勧請している。

枯山水式の庭園で国の名勝に指定されている。
苔を主体に刈込みと石を配し、大小40余りの庭石は上皇となった後水尾天皇が自ら配したといわれている。
また、刈込みと立木の背後に望む比叡山を借景としており、上皇は最も比叡山の眺望に優れた地を求めて、この幡枝に山荘を設けたといわれている。

この円通寺庭園は借景の美しさで名高く、そのため、高層マンション建築など急速に進む都市開発を危惧し、京都市は円通寺庭園など借景を保護するための眺望条例(正式名称は京都市眺望景観創生条例)を制定するようになったという。
円通寺は同条例の対象地となり、周辺区域では高さだけでなく、屋根の形式なども制限される。

今回ここを訪れたのは朝の9時過ぎだったので、入山はしなかった。したがって庭園をみることはできなかったので、次回は是非訪れてみたい。

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ここがお寺の総門であり、かなり重みのある苔むしている門であった。

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ここも朽ち欠けた垣根があり、その奥に歴史を感じる門構えが見える。

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圓通寺(えんつうじ)の由緒が書かれた駒札。

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特殊な石垣が各所に見られる。

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墓地もなかなか重厚で、入口にはこのような石碑があった。

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この項 <完>

# by mo-taku3 | 2013-05-30 09:01 | Comments(0)

私にとっては、30年振りの『サポセン同窓会』―京都にて

30年振りの『サポセン同窓会』―京都にて


私も大学を卒業後、札幌市役所を初めとして、現在は5つ目の職場となっています。
慣れた故郷を離れ、2つ目に就職したのは昭和45年で当時の日本ユニバック㈱(現日本ユニシス㈱)でしたが、当時コンピュータが凄いブームで、私は中途採用ですが新卒400人と同じタイミングで入社し、頭の回転が鈍っていたようで、研修ではついていくのがやっとの状態だったのを覚えています。

さて、その後紆余曲折がありましたが、サポートセンター(サポセン)という新しく発足した部に配属され、仲間が沢山できましたが、その後も異動で大阪転勤になったりたたしましが、最終的には、またこのサポセンに責任者として戻ってきました。
しかし、在籍は約一年強で、退職することになりましたが、温かく見送っていただきました。

今回、この時のサポセンメンバーが京都で集まっていただける(サポセン同窓会)ということで、大感激でした。本当にうれしいことです。
同窓会は、5月25・26日の連日で行われ、宴会・二次会・観光と堪能していただけたのではないかと思います。

集まったメンバーは、この11人です。(宿泊の、京都白河院にて)

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東京から9人が参加。

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宿について一服、そして集合記念写真。

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着いてからの市内観光。
祇園白川の辰巳神社。(芸能人に好評)

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将軍塚からの京都を眺める。

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次に南禅寺を訪問。

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徳川家康がいちゃもんをつけた、方広寺の鐘楼の名板。

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宴会。乾杯後、しばらくして芸妓さん2人が到着し、皆さんの自己紹介どころではなく、目的と違うところで、盛り上がり楽しそうだった。

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早めに宴会を切り上げ、二次会として祇園のクラブに繰り出して最高潮に達した。

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翌26日は比叡山横断ツアーを行うことになり、前日の飲み疲れを見せず元気に出発。

比叡山ケーブルカー。
ここにケーブルカーがあるのは京都人は知っているとは思いますが、実際に乗ったことがある人は少ないのではないかと思います。
叡山ケーブルはケーブル八瀬駅-ケーブル比叡駅の1・3キロを9分で結んでいます。
ケーブルカーの高低差561メートルは日本一。さらにロープ比叡駅から叡山ロープウェイ(所要時間3分)で比叡山頂駅に至れば、そこは“下界”から遠く離れた別世界のパノラマが広がっている。。
営業開始は、大正14年12月20日となっており、最急勾配;53.0%、最緩勾配;21.5%とこれまた日本一の勾配とのことであった。ちょっとしたアドベンチャー気分を味わえる。

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比叡山延暦寺。
比叡山山頂駅からバスで延暦寺に向かう。根本中堂に近づくと、大きな木々が青々と繁っていた。
根本中堂の手前にはお堂に向かう大きな階段がある。
根本中堂の手前の大講堂のはずれには、鐘楼がありこの鐘(開運の鐘)はお賽銭をいれて自由に撞くことができる。

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坂本ケーブル。
下りもアドベンチャー気分を味わうことにしました。
この坂本ケーブルは日本一の距離を持っています。(2025m)。
しかし、高低差(484m)や、最急勾配;33.3%、最緩勾配;17.0%とともに叡山ケーブルを下回る。

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比叡山ツアーの最後に、名物の坂本『鶴喜そば』をみんなで食べました。
意外と空いていたのには驚いた。

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感想を聞くと概ね満足して帰っていただいたようで、安堵しております。
また、このような機会を設けることができることを期待して、東京組は帰途に就いたと聞いております。
今回のメンバーは自愛が必要なお年ですが(私が一番ですが)、次回機会を作って元気にお会いできることを楽しみにしています。




この項 <完>

# by mo-taku3 | 2013-05-25 13:11 | (仕事・学生)過去・現在 | Comments(2)