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日本初の【駅伝】(京都⇒東京)20190530

日本初の駅伝と金栗四三(京都⇒東京)20190530



ここは京都三条大橋です。
先日、NHKの大河ドラマ「いだてん」で金栗四三がベルギーのアントワープのマラソンの惨敗を受け、元気を取り戻して東海道五十三次から駅伝を思いついて最初に始めた「京都~東京」の日本最初の駅伝の碑が京都と東京にあります。その石碑をご紹介します。
スタート地点は、京都三条大橋の東詰にあり、「駅伝の歴史ここに始まる」の石碑が建っています。その横には最近「駅伝発祥の地」という石碑が最近追加されました。
また、ゴール地点は博覧会が行われていたその入口の前で、不忍池のほとりにも同じ石碑が建っています。
大河ドラマを見て内容を知ってからの目で見ると、感慨深いものがあります。


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次のように不忍池のほとりにも京都三条大橋と同じように駅伝の碑が建てられています。

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-05-30 17:00 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

京都三条大橋辺りを散策20190530

京都三条大橋辺りを散策20190530



京都三条大橋及びその近辺は幕末の史跡が多い。それを少し拾っていきたいと思う。
三条大橋の傍に、衝撃の異形の像がある。「高山彦九郎」の御所の方向を向いて拝礼している像です。そして三条大橋は桃山時代に建てられた橋脚を現在も使い続けている。
三条大橋の擬宝珠には池田屋事件の際につけられたのではないかという刀傷跡がはっきりついている。
この日は納涼床を楽しんでいる人たちがおり、河原には恒例のアベック(古い?)の姿もこの暑さで見られるようになってきた。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2019-05-30 16:51 | (風情)京都・関西 | Comments(0)

イワチドリと小町蘭(ネジバナの変異種)展20190504

イワチドリと小町蘭(ネジバナの変異種)20190504



イワチドリと小町蘭の展示を見てきました。場所は植物園で、可憐な花を一つ一つ精魂込めて育てたのが伝わってきました。一つ一つ見ていくと素晴らしいのがよくわかります。とてもまねできそうにありません。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2019-05-30 11:03 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

高松殿跡に建つ「高松神明社」(京都)20190527

高松殿跡に建つ「高松神明社」(京都)20190527



ここは、源氏と平氏の戦いの幕開けの舞台のところである。
そして、
1155年には後白河天皇がここで即位している。
源高明(みなもとのたかあきら:914982年)の邸内に祀られていた鎮守社高松明神が始まりといわれる。当地は高松殿と称され、平安時代中期、高明の末娘明子が藤原道長と一緒になり、当所にすまいして高松殿と称された。

源高明は醍醐天皇の皇子で、西宮左大臣と呼ばれており、「拾介抄(しゅうがいしょう)」には「姉小路北西洞院東高明親王家」と記されている。
ここは、保元の乱(1156年)では後白河天皇の本拠地となり、源義朝や平清盛らの軍勢がここに参集して、崇徳上皇方の白河北殿へ攻め込んだことは有名である。
その後、平治の乱(1159年)で高松殿は焼失するが、神明社のみが残っている。

境内には、地蔵尊、金比羅神社をはじめとする末社があったが、幕末の蛤御門の変による大火によりことごとく焼失した。
境内には神明地蔵尊「幸村の知恵の地蔵尊」がある。これは、1794年に紀州九度山の伽羅陀山真田庵に安置してあった真田幸村の念持仏を拝領してきたものという。地蔵堂の台石をさすり、子供の頭をなでると知恵が授かると信仰されている。

明治初めまでは寺院と神社が一体で、高松神明宮宝性院という神宮寺であったが、神仏分離令により宝性院は廃寺となり、高松神明神社だけが残り現在に至っている。

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-05-27 16:23 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)

京都植物園「新緑の風景」20190523

京都植物園「新緑の風景20190523



新緑の植物園です。どうしても花に目がいきますが、樹木の種類・大きさ・枝ぶりなど素晴らしいものがあります。
たとえば、「生きた化石」と云われる「ジュラッシック・ツリー」、「ヒマラヤ杉」「メタセコイヤ」、そして複雑な枝組みの美をみせる「シダレエンジュ」等々です。


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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-05-23 16:40 | (風情)京都・関西 | Comments(2)